[インタビュー] 久山町研究の成果をいかす保健活動

角森輝美氏(久山町健康福祉課 課長補佐)

 角森 輝美さん
 (久山町健康福祉課 課長補佐)
 40年以上にわたって続けられてきた久山町研究。そのなかで保健師が果たしてきた役割は非常に大きい。
 九州大学と久山町民のあいだの橋渡しとして世帯ごとに受診をすすめたり,健診時には忙しくとびまわったり,研究でわかってきたことを実際に生活指導のなかに取り入れていったり。
 初期の久山町研究をささえた保健師の河辺シカノさんや和田紀子さんらの流れを汲みながらも,時代の変化に応じた仕事のかたちを模索している現在の保健師,角森輝美さんに話を聞いた。

きめ細やかな久山町の健診

―まず,健診の実施頻度や参加率についてお聞かせください。

角森: 通常健診が毎年,一斉健診が5年に1度です。

 対象は40歳以上の全住民で,受診率は通常健診が60%弱,一斉健診が78%です。一斉健診の目標は80%ですが,現在はわずかに届かない状況です。

―検査項目は,企業の一般的な健診よりもかなり多いですね。

角森: そうですね。いわゆる精密検査的なものも多いですし,血液検査でもいろいろな項目を詳しく調べています。一斉健診では,糖負荷試験も行っています。

 企業の一般的な健診ですと,フィードバックはA判定,B判定といった機械的なものがほとんどですね。たとえばγ-GTPが上がっていたら,お酒を飲まない人であっても,「お酒の飲みすぎに注意しましょう」というコメントが自動的に出てきてしまいます。

 久山町の健診では,すべての検査値が出た段階で,住民のかた一人ひとりの顔を見ながら医師が診察をします。個人的な生活習慣や身体状況,以前の健診データなどもあわせて参照しながら総合的な判断をしてもらえるので,もし同じγ-GTP値の人が2人いたとしても,それぞれ違ったフィードバックが得られるわけです。

健診が行われるヘルスC&C(チェック&ケア)センター
健診が行われるヘルスC&C(チェック&ケア)センター

一人でも多くの人の受診を目指して一軒一軒をまわる

― 一斉健診の年は未受診のかたを世帯ごとに訪問して受診をお願いするそうですが,どのようなお話をされるのですか。

角森: 健診の内容や,もちろん研究のこともですね。町ぐるみの協力体制が昔からあることや,この健診データが医学研究の役に立つということ,結果が出たらご本人に詳しく説明すること,カルテが保存されるのでその後の変化もつかみやすいこと,そして何かあれば九州大学病院で対応できることなどをお伝えしています。

 しかし,目標受診率の80%はやはり厳しい数字です。一軒一軒をまわりながら,このなかのお一人にでも受診していただければ,という思いで説得につとめています。

―80%が厳しい理由は,どういったところにあるのでしょうか。

角森: 会社健診が充実されてその健診を受けているから,あるいは定期的に病院に通っているから必要ないという方がいらっしゃいますね。でも,多くの方が会社と町,両方の健診を受けられています。それに,持病があってすでに病院にかかられている場合には,年に1回,主治医とは違った視点であらためて診察を受けられるというメリットがあります。町としては,よそで受けた人もあらためてここの健診を受けてほしいという立場です。

  また,年配の層ではもともと九州大学への信頼がとても厚く,健診を受けることによって医学に貢献しているという誇りを持って協力してくださる方も多くいます。しかし,いまの若い世代や,新しく久山町にいらした方に研究の意義を理解していただくのは難しいと感じます。

高台からのぞむ久山町の風景
高台からのぞむ久山町の風景

研究の成果は日々の保健活動のなかで住民に還元する

―健診以外に,研究と連携しながらの保健活動は,どのようにされているのですか。

角森: 成人保健につきましては基本的に,研究の目的や方向性,研究結果にあわせて行政も動く,というかたちです。たとえば糖尿病が増えてきているということであれば,糖尿病教室を開きます。

 また,高血圧が脳卒中の危険因子であるというデータが出たため,第2集団では「高血圧を追放する会」をつくり,積極的な血圧測定をうながす活動をしたことがありました。その結果,降圧薬服用率は改善しました。

 ただ逆に,保健活動がそのように集団健診に的を絞ったものに偏りがちという面もあります。食事の指導など,生活習慣全般を改善するための個別のサポートにもうすこし力を入れられればと思っています。また,母子保健や歯科保健も,九州大学医学部・歯学部との協力で活動が構築されています。

―久山町の保健活動に携わるスタッフの数は,何人くらいですか。

角森: 通常は保健師3名,事務1名の合計4名で,健診から施設管理まですべて行っています。久山町研究の健診の実施期間中は,50名ほどの委託スタッフが入ります。

住民一人ひとりの顔が見えるというやりがい

久山町役場近くに立つ健康の碑
久山町役場近くに立つ健康の碑

―保健師としてのお仕事のうち,久山町研究に関わっているものの割合はどのくらいになりますか。

角森: 7割から8割ですね。それがここで働くことのよい点でもあり,悪い点でもあります。

 私が久山町研究を知ったのは学生時代でした。九州大学の研究に協力してその成果を住民に還元できるという,他にはない魅力を感じてここを選んだんです。

―久山町ならではのやりがいを求めて,こちらにいらしたんですね。

角森: 母子から成人・老人と,生涯を通して住民の方とおつきあいできるのも魅力でした。住民一人ひとりの顔が見えるような仕事をしたいと思っていましたので。

 久山町の人たちとは,こちらから近づいていくほど互いに通じ合えるようなところがあります。健診を受けるべきだという意識がとても高いですし,70代の方でも,ご自分の血圧や健康状態について非常によくご存知です。たとえば高血圧には塩分がよくないということや,血圧は測り方によって変動することなどですね。これは久山町の大きな特徴だと思います。

 30年もこの仕事をしていると,住民のみなさんがどこでどういう生活をされているかということはあらかたわかります。日々の保健活動のなかで,住民の方のほうから教えていただくことも多くあります。



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