[インタビュー]メタボリックシンドロームのエビデンスをリードする北の疫学

約30年前に開始された端野・壮瞥町研究。いち早く代謝系の因子や腹囲に着目し,わが国のメタボリックシンドロームの実態を明らかにした研究だ。この研究の背景や特徴,そして将来の展望について,札幌医科大学医学部第二内科の島本和明先生と斎藤重幸先生にうかがった。 島本 和明氏,斎藤 重幸氏
(札幌医科大学医学部内科学第二講座)

「南の疫学」があるなら「北の疫学」を

―まず,端野壮瞥町研究が始まった経緯をあらためてお聞かせください。

島本: 研究が開始されたのは1977年です。当時,日本を代表する疫学といえば久山町研究でした。それでここ,札幌医科大学医学部内科学第二講座の宮原光夫教授が「南の疫学があるなら北海道でもやってみたらどうか」と提案された。それがこの研究のはじまりです。特に循環器疾患と代謝系の疾患をターゲットとして,端野町と壮瞥町という2つの地域コホートで前向きの疫学調査が始まりました。

―対象地区はどのようにして選ばれたのですか。また,1つの研究でコホートを2つ設定されたのはなぜだったのでしょうか。

島本: 第二内科はもともと高血圧がメインの教室ですから,脳卒中や心筋梗塞などの発症をみる上で,まず高血圧に着目しました。そこで,北海道地方の疫学というだけでなく,気候と血圧についても比較検討してみようということになり,寒い端野町と,暖かい壮瞥町が対象地区に選ばれました。よく「寒い地方では血圧が高い」といわれますが,実際はどうなのかを検証してみたのです。

 どちらも転入,転出が少ない典型的な農村であったこと,互いに人口規模や産業構成がよく似ていて比較に適していたこと,そして町や保健所の協力が得られたことも大きな理由でした。

端野町の端野総合支所 壮瞥町: トウモロコシ畑から昭和新山と有珠山をのぞむ
端野町の端野総合支所 壮瞥町。トウモロコシ畑から昭和新山と有珠山をのぞむ

早々にくつがえされた仮説

―端野町と壮瞥町の気温の違いはどのくらいですか。

斎藤: 噴火湾沿いにある壮瞥町は「北海道の湘南」ともいわれる暖かい地区で,平均気温は夏が22 ℃,冬が−6 ℃です。一方の端野町は,車で30分行けばオホーツク海という非常に寒い地区で,平均気温は夏が19 ℃,冬が−14 ℃です。夏はあまり変わらないのですが,冬の平均気温の差は約8度あることになります。

 ところが最初の調査で,検診結果に両町の違いはほとんどなく,むしろ暖かい壮瞥町のほうで血圧がやや高いという結果が出たのです。

―「寒いほうが血圧が高い」という仮説はひっくり返ってしまったのですね。

斎藤: 1970年代も後半になってくると,生活の欧米化や農業の機械化が進んできました。過栄養は肥満を招きますし,自家用車や農作業用トラクターの使用が増えれば運動量は低下します。そういったことの影響が,壮瞥町のほうでよくあらわれていたようです。

島本: 「暑い」「寒い」という因子よりも影響の強い因子が存在していたわけです。そのため,最初の仮説からは方向性を変え,端野町と壮瞥町を合わせて1つのコホートとして解析することにしました。高血圧や循環器疾患の危険因子として,気候などの環境要因から,生活習慣のほうに照準を移したのです。

端野町。トラクターでタマネギの収穫を行う
端野町。トラクターでタマネギの収穫を行う

まだ「メタボ」の概念がなかったころからのアプローチ

―端野・壮瞥町研究の成果のなかで特徴的といえるものは何でしょうか。

斎藤: やはり,非常に早い時期から代謝系の因子にも焦点をあてていることが挙げられると思います。糖負荷試験も,1977年の初回の健診から対象者全員に行っています。おそらく,糖負荷試験を全員に実施し継続していたというのは,日本の疫学としてはじめての試みではないでしょうか。

島本: まだ久山町もやっていない,なにか端野・壮瞥町研究独自の結果を出したいという思いもあったのでしょう。糖負荷試験は費用もかかりますし,対象者の方には2時間も待っていただかなくてはならないのですが,端野町も壮瞥町も農村だったことから,朝の農作業が始まる前の時間帯に健診会場に来てもらうようにお願いして,なんとか全員に糖負荷試験を実施することができました。健診は朝の5時からはじめているんですよ。これはいまでも同じです。

―そのデータの蓄積から,話題のメタボリックシンドロームに関するエビデンスも数多く引用されています。

島本: 研究が開始された1970年代当時,メタボリックシンドロームという概念はもちろんありませんでしたが,端野・壮瞥町研究では当初から,高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満という4つの因子と心血管疾患との関連をみることを目標としてきました。これらがいま,メタボリックシンドロームの構成因子としてまとめられています。ウエスト/ヒップ比の測定も1990年ごろから始めているため,メタボリックシンドロームに関するエビデンスでは端野・壮瞥町研究が先行している状況です。

北海道ならではの成果・寒冷刺激と血圧の関連

―「北の疫学」として始められた端野・壮瞥町研究ですが,なにかその特徴を生かした研究はあるのでしょうか。

斎藤: 寒冷刺激と血圧に関する研究があります。これは疫学というよりは実験に近い調査になりますが,暖かい部屋の窓をいっきに開けて,被験者のかたに15分間,真冬の外気にふれていただきます。つまり,一時的に−10 ℃くらいの低温に曝露するわけです。その直後に血圧を測ると,上昇の度合いに個人差が見られるんですね。さらにその後の追跡の結果から,寒さに曝露されて血圧が上がる人は,のちに高血圧になりやすいということがわかりました。

 また,端野町では冬は−10 ℃以下,もっとも寒いときでは−30 ℃を下回る一方で夏は30 ℃以上になるなど,季節ごとの気温の変化が非常に大きく,その差は最大で60 度にもなります。その気温差と血圧との関連について調べた結果,夏と冬の血圧の差が大きい人,つまり寒いときに血圧が上がりやすい人ほど,10年後に高血圧になりやすいということがわかりました。これは,北海道ならではの研究といえるでしょう。

端野町周辺の風景。オホーツク海にほど近い。写真奥にかすんでみえるのは知床の山並
端野町周辺の風景。オホーツク海にほど近い。写真奥にかすんでみえるのは知床の山並

時代とともに変化する食事,そして生活習慣

―北海道の食生活や,生活習慣の面ではいかがでしょうか。

島本: だいぶ前ですが,冬の塩分摂取量は夏より多いというデータが得られたことがあります。当時はいまのような性能のよい冷蔵庫はなかったし,年中,スーパーマーケットで新鮮な野菜が買えるという時代でもありませんでした。北海道は雪もありますし,冬に食べる野菜といえば漬け物だったんです。こうした季節差や地域差は,30年前ならもっと顕著だったかもしれませんが,いまはもう,あまりありませんね。

斎藤: そうですね。牛乳や酪農製品の摂取が特に多いといったこともありません。日本全体でみても,アウトカムに違いがみられるほどの食生活の地域差は,もうほとんど出てこないのではないでしょうか。

―端野町も壮瞥町も農村ということですが,それぞれ代表的な作物はどんなものですか。

斎藤: 端野町はジャガイモやタマネギの畑作が主です。一方の壮瞥町では果樹園が多く見られます。いずれにしろ,農繁期にくらべて農閑期の運動量が著しく落ちるという点では同じです。こうした身体活動の量を評価する指標として,自動車の保有台数を用いた検討を行ったことがあります。体重や代謝系の因子と,1戸あたりの農作業用トラクターや自家用車の保有台数との関係を解析した結果,きれいな相関関係がみられました。

端端野町の広大なタマネギ畑 壮瞥町の果樹園
端野町の広大なタマネギ畑 壮瞥町の果樹園

健診,心電図を読む会,そして大宴会

―夏と冬の健診は,今でも続けられているのでしょうか。

斎藤: 7〜8年前から夏だけになりました。学生に手伝ってもらっているため,夏休みがいちばん都合がよいのです。心電図計や眼底カメラなど,健診に使う器具や機械をぜんぶ持って,現地に出向いて健診を行うという昔ながらのやりかたですね。学生スタッフ20人くらいに医者5〜6人でキャラバンを組んで,泊まり込みであちこちの会場をまわっていきます。昔は端野と壮瞥にそれぞれ2週間くらい滞在しましたが,現在は10日程度です。

―なんだか楽しそうですね。

斎藤: 湯治をする人が来るような温泉宿にみんなで泊まるんですけれどね。

島本: これは学生の勉強会でもあるんです。1日に健診でかなりの心電図をとりますので,その心電図を読む会というのを健診後に毎日やっています。あれは勉強になった,という人は多いですよ。毎日たくさんの心電図を見ていると,そのうち,ひと目で正常か異常かがわかるようになる。

斎藤: そしてそのあと大宴会ですね。どういうわけか,この疫学グループにはそういうのが好きな人が多いんです。

島本: 毎日温泉に入って,夕食のあとから元気になる人もいます。これが入局のきっかけになることも多いようです。

壮瞥町の洞爺湖沿いには温泉も多い
壮瞥町の洞爺湖沿いには温泉が多い

臨床現場の疑問を疫学で

―性ホルモンと動脈硬化との関連をみた研究もあります。疫学ではめずらしいかと思うのですが,どのような経緯で測定されたのですか。

斎藤: 性ホルモンと予後との関連に興味を持ったことがきっかけでした。動脈硬化の危険因子のなかには加齢により値が変動するものも多く,そういった因子にはホルモンが影響している可能性が考えられます。検討の結果,動脈硬化の指標と性ホルモンは関連するということがわかりました。

 日本の一般住民で性ステロイドホルモンを測っているところは他にないでしょう。そのせいか,この研究は引き合いに出されることがよくあります。

―ほかにも非常に多岐にわたる検討が行われています。それはなぜなのでしょうか。

札幌医科大学
札幌医科大学

斎藤: 性ホルモンもそうですが,大学病院に入院する患者さんを毎日診ていますと,いろいろな検査データを目にします。そのなかで,じゃあこの因子は一般住民,つまり発症する前の段階ではどのくらいの値をとっているのだろう,より大きな集団ではどんな傾向がみられるのだろう,といった疑問が自然と生まれてきます。ここは臨床グループと疫学グループとの距離が非常に近い教室なので,それをテーマとしてすぐに疫学研究を行うという体制ができているんですね。端野・壮瞥町研究のいちばん大きな特徴はそこにあります。臨床医が行う疫学研究だから,現場の疑問やアイディアがそのまま反映されるのです。

これからも引き続き,代謝系を中心に追っていきたい

―これから追っていきたいテーマにはどのようなものがありますか。

斎藤: まずはメタボリックシンドロームに代表されるような代謝系の因子やその集積について,引き続き検討していく予定です。まだ最初の10年間のデータしか発表していないので,その後の追跡データも含め,より長期的な解析を行えればと思います。時代とともに日本人の死因や疾病構造も変わっていくので,それに何が関与しているのかを探っていきたいですね。

島本: そこで注目されるのが女性のデータです。腹囲に関する議論にもみられるように,いま性差というのは大きな話題になってきています。女性ではそもそも,心血管疾患やメタボリックシンドロームの頻度が低いため,男性の数倍もの追跡期間を設けないと,統計学的な有意差が出るだけのイベント数が観察できないのです。その点でも,端野・壮瞥町研究の長期にわたる追跡データから新しい知見が得られると思います。

町とのよい関係がなければ,このような研究はできない

―端野町のほうは,市町村合併で北見市になったそうですね。

斎藤: ええ,4つの地区が合併して北見市になり,端野町も「端野自治区」になりました。端野支所での業務自体は以前とあまり変わらないようですが,疫学研究を行う側からは,やりにくいと感じる面もあります。

島本: 従来のままだと,市の予算で1つの地区にだけ特定の健診を行うかたちになってしまいます。やはり市としては,一部の人のためには動きにくいですよね。費用の問題もありますし,手続きも多くなるので難しいところです。

―町のほうには,研究の結果を生かしたフィードバックや指導をされているのですか。

島本先生と斎藤先生。札幌医科大学にて
島本先生と斎藤先生。札幌医科大学にて

島本: 保健師さんとはよくコンタクトをとっていますし,町長さんや助役さんもこちらに来られるなど,町とは非常によい関係を築いてきています。逆に,よい関係でなければこれだけの研究はできないと思うのです。

斎藤: 町民の方々の健康増進のために研究結果を役立ててもらうに越したことはありません。健診データや研究データを整理してお渡ししたり,保健指導の具体的な計画づくりにアドバイスをしたり。『健康日本21』の計画にも協力しています。

当てはまる人も当てはまらない人もいるということ

―最後になりますが,疫学研究をされていておもしろいと思うのはどのようなことですか。

斎藤: 僕らの一番のテーマは,健康かそうでないか,あるいは生きるか死ぬかの違いは何かということです。実際はそれにどんなことが関与していたのかと考えるのがおもしろいと感じます。

 たとえば,遺伝子上の小さな個人差が,のちに病気を起こすか起こさないかの違いにつながってくることが知られています。それにも似て,最初の健診でたった1回だけ測った血圧が,高かったか,中ぐらいだったか,低かったかによって,10年後や20年後にはっきりとした違いがあらわれてくるんですよね。大きな目で見ると,確率や統計のなかで人間は生きているんだなという感じがします。でも,それに当てはまらない人もいる。そこがまた,おもしろいですね。



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