[インタビュー]農繁期の習慣から肥満に−−壮瞥町のいまを見つめる保健指導

山本 貴浩氏,小野崎 香氏
(壮瞥町保健センター)
わが国のメタボリックシンドロームの実態を明らかにした端野・壮瞥町研究。その基盤となっているのが,端野町(現・北見市)と壮瞥町で行われてきた住民健診のデータだ。制度の変化や時代の変化が押し寄せるなか,壮瞥町の健診や指導の現場で保健師独自のアプローチにも取り組んでいる,壮瞥町保健センターの山本貴浩さんと小野崎香さんに話を聞いた。
(インタビュー: 2007年8月)

複数の地区で健診を行い,受診率は6〜7割

―壮瞥町の特色や健診の受診率などについて教えてください。

小野崎: 壮瞥町の特徴としては,農家が多いことがあげられます。現在は180世帯程度で全体の約1割くらいです。また,有珠山や昭和新山,温泉などがあり,観光業もさかんです。農家よりも若干多いくらいでしょうか。

山本: 健診の受診率は6〜7割です。市町村の健診としては高いほうに入ると思います。

洞爺湖
洞爺湖。奥に見えるのが有珠山

―受診率を上げるために,何か取り組まれていることはあるのでしょうか。

小野崎: 健診の通知は個人宛てですが,これを世帯ごとにまとめて,自治会の広報誌といっしょに地区単位で配布するようにしています。それと,健診を予約制にしていないことですね。5つの地区の健診を9日間かけて行いますので,その中のいつでも,都合のいい日に来ていただくことができます。

山本: いまはもう行っていませんが,端野・壮瞥町研究の開始当初は,一軒一軒を訪問して受診をお願いしたこともあったと聞いています。昼間は農作業で家にいない方が多いので,だいたいが夜になってからの家庭訪問だったそうです。

 健診のときには札幌医大から医師や学生スタッフが来て,健診機材を全部持って,この壮瞥町保健センターのほか,久保内,蟠渓,滝之町,壮瞥温泉などの各地区をまわります。会場の設営も行いますので,準備や地区間の移動があわただしく,なかなか大変です。

「農繁期のおやつ」の習慣から肥満に

―健診の結果から,どのようなことが見えてきていますか。

小野崎: 異常所見の内訳をみると,多いのは脂質異常症,高血糖,肥満,そして高血圧です。もともと血圧が高い方,コレステロールが高い方は多かったのですが,最近はそれにともなって肥満もあらわれてくるので,危険因子が全部くっついてきてしまうような状態です。

―肥満が他よりも多いということでしょうか。

山本: 壮瞥が突出しているわけではないと思いますが,増加傾向にあることは間違いありません。

小野崎: 農家の場合,夏は農作業をするので毎日10時と3時に休憩を入れ,そこでおやつや菓子パンなどを食べます。一方,冬は農作業がないのでどうしても運動量が減りますし,基礎代謝も夏より落ちます。でも夏の間食の習慣がそのまま残っていて,食べる量は減らない。それで冬に体重が増えるというパターンが多いんです。しかも,冬の間に増えた体重が次の夏ですべて戻るわけではないので,それを毎年繰り返してどんどん増えていってしまうんですね。

壮瞥町のトウモロコシ畑
壮瞥町のトウモロコシ畑

―それに対してはどのような指導をされるのですか。

小野崎: 食事についてはみなさんも関心が高いのですが,なかなか「できそうでできない」部分なんですね。そのため栄養指導では,具体的にイメージしていただけるよう,フードモデルを使います。たとえば市販のソフトドリンクのなかにどのくらいの量の砂糖が入っているかということや,お好み焼き,ピザ,豚肉のしょうが焼きなど具体的なメニュー1食分に含まれるカロリーや塩分,蛋白質がどのくらいかということがすぐにわかるようになっています。

フードモデル
まるで本物のようなフードモデル。エネルギー,塩分,蛋白質がひと目でわかる。
主食,野菜,デザート,調味料までバリエーション豊か

札幌医大と連携し,健診とそのフォローを行う

―健診での,札幌医科大学との具体的な連携はどのようになっているのでしょうか。

小野崎: 健診では,医師が診察を行い,保健師は問診を行います。結果が出ると,まず保健師のほうですべて目を通し,カルテにまとめます。そこで札幌医大の先生にお見せして,「異常なし」「要指導」「要治療継続」といった判定をしていただきます。ただ,たとえば同じ「要治療継続」という判定でも,コントロールが十分な方とそうでない方がいます。個人の生活状況も考慮に入れながら,必要に応じて保健師から提案し,先生と調整をすることもあります。

―費用の面ではいかがですか。

山本: 壮瞥町の健診にかかる費用は,すべて町が出しています。札幌医大のスタッフの人件費や,血液検査の分析委託費なども含めてですね。研究の関係で,通常行っていない検査項目の検討が必要になったときなどには,札幌医大のほうの負担になることもあります。

健診データをみて保健指導をし,結果を出すことの難しさ

―端野・壮瞥町研究のデータは,メタボリックシンドロームの指標づくりの根拠にもなりました。

山本: 壮瞥町の健診データが役に立ったというのは,率直にいって喜ばしいことと思います。ただ,現実に高血圧などの割合などはまだまだ高い状況であり,得られたデータを生かしきれていないのでは,という指摘もあります。難しいところですね。

―2008年4月に特定健診とともに始まる特定保健指導についてはいかがでしょうか。

エクササイズ機器
保健センターに設置されていたエクササイズ機器

山本: 壮瞥町の現状や特徴をみて,どういう人たちにどういう指導をすればよいかということを考えている最中で,札幌医大の先生にも助言をいただいて決める予定です。とはいえ,その効果がすぐに出るかどうかはわかりません。この制度の目的は長期的な医療費の削減ですが,ここではまず,簡単でもいいから次の健診までの1年間に実行できるような,そしてその成果をわかりやすく評価できるようなかたちでの計画をつくりたいと思っています。

現場のニーズも反映させた,保健師独自の問診票を作成

―住民の方々に対しては,健診の結果をどのようにフィードバックするのですか。

小野崎: 結果説明会を3日間行って,札幌医大の先生と保健師が住民の方々に個別に説明をします。その際に,保健師からのコメントを書いた用紙もお渡しします。たとえば「生活のこういうところに気をつけてください」ということや「昨年の結果と比べてどの部分が良くなっています」ということなどを一人一人に向けて書きます。説明会に来られなかった方にもかならず郵送するようにしています。

―そうした個々の状況は,どのようにして把握されているのでしょうか。

小野崎: じつは昨年から,健診票の裏面に,生活状況を聞くための問診票を新しくつくりました。すべて保健師のアイディアから作成した質問で,たとえば1日の食事や間食の状況,きちんと眠れているかどうか,運動をしているかどうかなどを詳しく記入するようになっています。ほかにも,栄養士さんからカルシウム摂取状況を知りたいという要望があったので,今年は「牛乳をどのくらい飲んでいるか」という質問も加えてみました。また,農家の方だと「仕事イコール運動」ととらえている場合が多いのですが,指導の立場からは,運動と仕事はまた別です。そこで,仕事以外の運動の時間をたずねる項目を新しく入れています。

保健師独自の問診票
保健師独自の問診票

「生活習慣を改善するつもりである/改善するつもりはない」

―問診票はどのように役に立っていますか。

山本さんと小野崎さん。壮瞥町保健センターにて

小野崎: これまでは,保健指導の手がかりとなるのが血液検査,身長,体重,既往歴などの基礎的なデータだけだったので,そのつど生活習慣を聞き取りながらということになり,時間もかかっていました。その点,あらかじめ問診票に記入していただいていると,つっこんだ質問ができます。たとえば「おやつは食べますか? 毎日食べていますか?」「だいたい何時に食べますか? 何系のおやつが多いですか?」などですね。より個々の生活習慣に沿った指導ができるようになったと感じます。それと,今年から特定健診の関係で,「自分の生活習慣で問題に思うことはあるか」,「それを改善するつもりはあるか」とたずねる項目を最後に入れています。

―「改善するつもりはあるが,できない」という人も多そうですね。

小野崎: そういう方はよくいらっしゃいますね。専門家の目からみると問題なのに本人は問題と思っていない,ということもよくあります。でも自覚があれば,そしてそれを改善していきたい気持ちがすこしでもあれば,やはりそこを重点的に指導することの意味は大きいと思います。

健診は変わりつつあるが,この体制は変えない

―血圧の基準値は130 / 85 mmHgと,従来の基準より低いですね。

小野崎: 4月から特定健診が始まりますので,それにあわせて基準を変えました。

 脂質異常症については,これまでは総コレステロールと中性脂肪しかみていませんでしたが,特定健診にさきがけて昨年からHDL-C,今年からLDL-Cを健診に取り入れています。いずれも直接測定です。他の項目に問題がないけれどもLDL-Cだけ高い,という方がけっこう多いので,「異常」と判定される人の数が急に増えている状況です。

 その他の項目についても,全体的にかなり厳しくなっていると感じます。空腹時血糖もHbA1cも基準が下がりましたので,やはり結果的にひっかかる人が多くなるんです。去年と同じ数字なのに今年は判定が悪くなった,ということもありうるわけです。

―端野町は合併して北見市となり,研究にも影響があるようです。壮瞥町にも合併の話はあったのでしょうか。

山本: ありました。伊達市と大滝村と協議を行いましたが,結局,その合併からは抜けました。ほかの市町村に比べて,壮瞥町は合併を急いでいなかったからです。

 また,合併協議の中で,壮瞥町はこの健診制度を引き続き行うことを前提としていました。合併してもしなくても,札幌医大とのこの連携体制はこれからも続けていきます。

壮瞥町保健センター
壮瞥町保健センター。昭和新山を背にして



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