[2015年文献] 社会経済的に豊かではない地域に居住していること(neighborhood deprivation)は脳卒中発症リスクと関連する

これまでに行われた研究から,社会経済的に豊かではない地域に居住していること(neighborhood deprivation)が,個人の社会経済的状況とは独立して心血管疾患リスクと関連する可能性が指摘され,健康の社会的格差の一端として問題視されている。しかし,アジア地域の一般住民での詳細な検討は十分に行われていないことから,農村部の日本人一般住民を対象とした大規模多施設前向きコホート研究において,国勢調査結果に基づく指標で評価した居住地域(町丁・字ごと)の社会経済的状況と,脳卒中発症・死亡リスクとの関連を検討した。15.4年間の追跡の結果,個人の社会経済的状況(職業など)とは独立して,居住地域の地理的剥奪指標(area deprivation index: ADI,高値ほど社会経済的に豊かではないとみなされる)が高いことと脳卒中発症リスクとの有意な関連がみとめられた。この関連は,生活習慣因子や心血管危険因子で調整すると減弱したことから,これらの因子によって説明できる関連と考えられた。以上の結果より,今後,地域の社会経済的状況と心血管危険因子との関連を詳細に検討する必要性や,地域の社会経済的状況に対する公衆衛生学的な介入が脳卒中発症率を低下させる可能性が示唆される。

Honjo K, et al.; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group. Impact of neighborhood socioeconomic conditions on the risk of stroke in Japan. J Epidemiol. 2015; 25: 254-60.pubmed

コホート
JPHCコホートI(ベースライン調査: 1990年)およびコホートII(1993年)。
対象11保健所のうち脳卒中発症データを有する9つの保健所の管轄行政区内に居住していた,日本国籍をもつ40~69歳の男女116887人を対象に,自己記入式質問票による調査を実施。回答者95405人(回答率81.6%)のうち,対象基準に合致しない32人,心血管疾患または癌の既往のある3650人,総務省統計局による国勢調査データのない町丁・字に居住する,または25世帯未満の町丁・字に居住する880人を除いた90843人(計695の町丁・字に居住)を解析対象とした。
追跡期間は,脳卒中発症データに関しては2009年12月31日(コホートI)または2007年12月31日(コホートII)までの平均15.4年間で,脳卒中死亡データに関しては2010年12月31日(コホートIおよびII)までの平均16.4年間。

対象者が居住する地域の社会経済的豊かさについては,行政単位として最小の町丁・字ごとに地理的剥奪指標(area deprivation index: ADI,地区の社会経済状況の水準を示す)を算出し,その五分位による5つのカテゴリー(Q1[剥奪の度合いが小さい]~Q5[剥奪の度合いが大きい])に対象者を分類した。

国勢調査結果に基づいて,高齢者カップル世帯,高齢者単身世帯,シングルマザー世帯の割合,販売・セールス業就業者,農業就業者,ブルーカラー職就業者,非就業者の割合などの変数を重み付けしたうえで合計した複合的な指標。ADIの値が大きいほど,剥奪の度合いが大きい,すなわち社会経済的に豊かではないとみなされる。
結 果
◇ 対象背景
対象者が居住する計695の町丁・字の面積(中央値)は2.39 km2,人口(中央値)は1234人,世帯数(中央値)は363であった。

地理的剥奪指標(area deprivation index: ADI)の五分位によるカテゴリーごとにみると,剥奪の度合いが大きいカテゴリーで高い値を示していたのは年齢,農林水産業就業者の割合,過体重の割合や一人暮らしの割合で,低い値を示していたのは喫煙率,高血圧既往の割合や心理的なストレスの自覚をもつ割合であった。

◇ 居住地域のADIと脳卒中発症リスク
追跡期間中の脳卒中発症は4410件。

ADIのカテゴリーごとの脳卒中発症の多変量調整ハザード比(居住地区,年齢,性,職業,居住する町丁・字の人口密度で調整)は以下のとおりで,剥奪の度合いが大きいカテゴリーで有意なリスク増加がみとめられた。

  Q1: 1.00
  Q2: 1.16(95%信頼区間1.04-1.29)
  Q3: 1.12(1.00-1.26)
  Q4: 1.18(1.02-1.35)
  Q5: 1.19(1.01-1.41)
  P for trend=0.13

ただしこの関連は,生活習慣および心理的因子(喫煙,飲酒,身体活動,心理的ストレスの自覚,婚姻状況)で調整すると減弱した。さらに心血管疾患の危険因子(過体重および高血圧・糖尿病・高脂血症既往)で調整した解析では,有意な関連はみとめられなかった。

◇ 居住地域のADIと脳卒中死亡リスク
ADIのカテゴリーごとの脳卒中死亡の多変量調整ハザード比(居住地区,年齢,性,職業,居住する町丁・字の人口密度で調整)は以下のとおりで,剥奪の度合いとリスクとの関連はみとめられなかった。

  Q1: 1.00
  Q2: 1.00(95%信頼区間0.82-1.22)
  Q3: 1.04(0.84-1.29)
  Q4: 0.99(0.76-1.28)
  Q5: 1.02(0.76-1.37)
  P for trend=0.75

この関連は,生活習慣および心理的因子で調整しても,さらに心血管疾患の危険因子(過体重および高血圧・糖尿病・高脂血症既往)で調整しても同様であった。


◇ 結論
これまでに行われた研究から,社会経済的に豊かではない地域に居住していること(neighborhood deprivation)が,個人の社会経済的状況とは独立して心血管疾患リスクと関連する可能性が指摘され,健康の社会的格差の一端として問題視されている。しかし,アジア地域の一般住民での詳細な検討は十分に行われていないことから,農村部の日本人一般住民を対象とした大規模多施設前向きコホート研究において,国勢調査結果に基づく指標で評価した居住地域(町丁・字ごと)の社会経済的状況と,脳卒中発症・死亡リスクとの関連を検討した。15.4年間の追跡の結果,個人の社会経済的状況(職業など)とは独立して,居住地域の地理的剥奪指標(area deprivation index: ADI,高値ほど社会経済的に豊かではないとみなされる)が高いことと脳卒中発症リスクとの有意な関連がみとめられた。この関連は,生活習慣因子や心血管危険因子で調整すると減弱したことから,これらの因子によって説明できる関連と考えられた。以上の結果より,今後,地域の社会経済的状況と心血管危険因子との関連を詳細に検討する必要性や,地域の社会経済的状況に対する公衆衛生学的な介入が脳卒中発症率を低下させる可能性が示唆される。


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