[1989年文献] 1960~80年代の心血管疾患発症および危険因子の推移: 脳卒中発症率は大幅に低下し,冠動脈疾患発症率は変化せず

日本の農村部一般住民を対象とした20年間にわたる調査により,冠動脈疾患(CHD)および脳卒中の発症率と危険因子の保有状況の長期的な変化,ならびに両者の関連を検討した。その結果,総コレステロール値の上昇にもかかわらず,CHD発症率に変化はみられなかった。脳卒中発症率は大幅に低下していた。これは,おもに血圧値が低下したことによると考えられ,さらに総コレステロール値の増加も関与している可能性がある。

Shimamoto T, et al. Trends for coronary heart disease and stroke and their risk factors in Japan. Circulation. 1989; 79: 503-15.pubmed

コホート
CIRCSの井川町コホート。
秋田県井川町の40歳以上の男女。
(1) 危険因子および発症率の経時的変化の検討
疾患発症調査(入院データ,健康保険の請求,地域の医師からの報告,救急車の記録,死亡診断書,保健師および健常ボランティア,および危険因子サーベイなど)により,対象地域の40歳以上の人における冠動脈疾患(心筋梗塞,狭心症,突然死)および脳卒中の発症状況(国勢調査人口1000人あたり)を,性別および年齢層(40~69歳/70歳以上)ごとに調査。1964~68年,1969~73年,1974~78年,1979~83年の4つの期間における発症率から,20年間の長期的な変化を検討。
各危険因子については,1963~66年,1972~75年,1980~83年の3つの期間における40~69歳の対象者の血清総コレステロール値,血清総蛋白質,血圧値,身長,体重,安静時心電図,右眼底写真,および栄養状態などを調査し,20年間の長期的な変化を検討。
(2) 前向きコホート研究: 40~69歳の男女を,1963~66年から1973年の10年間(前期コホート: 2257人),および1972~75年から1983年までの10年間(後期コホート: 2711人)追跡し,各危険因子と冠動脈疾患および脳卒中発症リスクとの関連を検討した。
結 果
◇ 冠動脈疾患(CHD)発症率の経時的変化
・40~69歳
全CHD(心筋梗塞+狭心症+突然死)の発症率は男女ともに70歳以上にくらべて低く,20年間にわたって有意な変化はみとめられなかった。

・70歳以上
女性では全CHDならびに突然死の発生率が有意に増加した(P<0.05)。男性の全CHDと突然死,ならびに男女の心筋梗塞と狭心症については,有意な変化はみとめられなかった。

◇ 脳卒中発症率の経時的変化
・40~69歳
男性では全脳卒中(脳出血+脳梗塞)発症が1964~68年にくらべて1979~83年では61%減少し(P<0.001),女性では60%減少した(P<0.01)。ただし,さらに詳細な年齢層(40~49/50~59/60~69歳)で検討すると,有意な減少は,男性では60~69歳(72%減少,P<0.001,女性では50~59歳の年齢層(70%減少,P<0.05)のみでみられた。
同期間の比較において,脳出血は男性で65%減少し(P<0.05),女性では94%減少した(P<0.001)。
脳梗塞は男性で61%減少(P<0.01),女性で43%減少したが有意ではなかった(P=0.18)。

・70歳以上
男女ともに全脳卒中および脳梗塞の発症率に有意な変化はみとめられなかったが,脳出血の発症は男女ともに有意に減少していた(P<0.05)。

◇ 危険因子の経時的変化
・血清総コレステロール
性別をとわず,いずれの年齢層(40~49/50~59/60~69歳)においても,20年間で有意に上昇していた。1980~83年の年齢調整後の平均総コレステロール値は,1963~66年にくらべ,男性では22 mg/dL上昇して179 mg/dLとなり,女性では29 mg/dL上昇して192 mg/dLとなった。

・血清総蛋白質
性別をとわず,いずれの年齢層においても,最初の10年間に有意に増加したが,増加幅に性差はみられず。後半の10年間では有意な変化はみとめられなかった。

・栄養摂取状況
1963~66年から1972~75年にかけては,総摂取カロリーに占める総蛋白および総脂肪の割合が増加し,とくに動物性蛋白の割合が22%増加し,動物性脂肪の割合は104%増加していた。炭水化物の割合は低下した。1972~75年から1979~83年にかけては,総摂取カロリーがやや増加。総摂取カロリーに占める総脂肪の割合は有意に増加していたが(おもに植物性脂肪摂取の増加による),総蛋白および炭水化物の割合には変化なし。
塩分の摂取量は20年間で持続的に減少していた。
食品別にみると,20年間で肉類からの脂肪摂取量が大きく増加し,卵や乳製品からの脂肪摂取量もやや増加。油脂および魚類からの脂肪摂取量は低下していた。蛋白質についても,肉類からの摂取が1963~66年から1972~75年にかけて増加傾向であった。

・体重
平均相対体重指数(RWI)*は, 性別をとわず,すべての年齢層において20年間で有意に増加した(50~69歳の男性を除く)。
*RWI(%)=([測定体重-標準体重]/標準体重)×100

・血圧
収縮期血圧値および拡張期血圧値は,性別をとわず,すべての年齢層において20年間で有意に低下した(40~49歳の男性を除く)。
高血圧の人(160 / 95 mmHg以上)は,1972~75年に比して1979~83年では,性別をとわず,すべての年齢層において有意に低下した。
高血圧の人のうち降圧薬を服用している割合は,20年間で段階的に増加した。

◇ 脳卒中発症リスクの予測因子
追跡期間中に脳出血を発症したのは前期コホートで20人,後期コホートで13人であり,脳梗塞を発症したのはそれぞれ45人,54人。
脳出血発症リスクと独立した有意な正の関連を示していたのは,前期コホートでは収縮期血圧,心電図上ST-T異常,眼底の高血圧性変化であり,有意な負の関連を示していたのは総コレステロール値。後期コホートで独立した有意な正の関連を示していたのは収縮期血圧,心電図上R波増高,眼底の高血圧性変化で,有意な負の関連を示していたのは年齢であった。後期コホートでは,総コレステロール値と脳出血発症リスクの負の関連はみられなかった。
一方,脳梗塞発症リスクと独立した有意な関連を示したのは,前期コホートでは年齢,性別(男性),心電図上R波増高,眼底の高血圧性変化であり,後期コホートでは年齢,性別(男性),心電図上ST-T異常であった。収縮期血圧は,どちらのコホートでも有意な予測因子とはならなかった。


◇ 結論
日本の農村部一般住民を対象とした20年間にわたる調査により,冠動脈疾患(CHD)および脳卒中の発症率と危険因子の保有状況の長期的な変化,ならびに両者の関連を検討した。その結果,総コレステロール値の上昇にもかかわらず,CHD発症率に変化はみられなかった。脳卒中発症率は大幅に低下していた。これは,おもに血圧値が低下したことによると考えられ,さらに総コレステロール値の増加も関与している可能性がある。


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