[2014年文献] 都市部一般住民の10年間の冠動脈疾患発症リスクを予測する「吹田スコア」を作成

フラミンガムリスクスコア(FRS)はかねてより冠動脈疾患(CHD)の予防に重要な役割を果たしてきたが,白人以外の集団ではリスクを過大評価するとの指摘もある。本邦でもいくつかのコホート研究によるリスクスコアが発表されているが,都市部一般住民におけるCHDの発症をエンドポイントとしたものはなかった。そこで,都市部におけるコホート研究である吹田研究のデータを用い,既知のCHD危険因子,ならびに慢性腎臓病の保有状況から10年後のCHD発症リスクを予測するアルゴリズムである「吹田スコア」を作成した。FRSとの比較・検証の結果,吹田スコアは,FRSおよび再調整後のFRSよりもすぐれたCHD発症リスク予測能をもつことや,FRSは吹田コホートにおいてCHD発症リスクを過大評価することが示された。

Nishimura K, et al. Predicting coronary heart disease using risk factor categories for a Japanese urban population, and comparison with the framingham risk score: the suita study. J Atheroscler Thromb. 2014; 21: 784-98.pubmed

コホート
吹田市民から無作為に抽出され,国立循環器病研究センターで1989年9月~1994年3月に定期健診を受診した30~79歳の一般住民6485人のうち,冠動脈疾患・脳卒中既往のある人,ベースラインデータに不備のある人,および追跡不能となった人を除いた5521人(男性2796人,女性2725人)を解析対象とした。
追跡期間は平均11.8年間(75776人・年[男性34480人・年,女性41296人・年])。

冠動脈疾患(CHD)発症の診断基準として,急性心筋梗塞のほかに,発症から24時間以内の心臓突然死,ならびに冠動脈バイパス術または血管形成術を要する冠動脈疾患を含めた。
結 果
◇ 対象背景
  年齢: 男性56.1歳,女性54.5歳
  糖尿病(空腹時血糖値≧126 mg/dLまたは糖尿病薬服用): 6.0%,5.8%
  喫煙率: 49.67%,11.91%
  至適血圧(収縮期血圧[SBP,mmHg]<120かつ拡張期血圧[DBP,mmHg]<80): 30.74%,41.68%,正常血圧(SBP 120~129あるいはDBP 80~84): 19.31%,17.30%,正常高値血圧(SBP 130~139あるいはDBP 85~89): 17.98%,15.69%,ステージ1高血圧: SBP 140~159あるいはDBP 90~99): 20.39%,15.94%,ステージ2~4高血圧(SBP≧160またはDBP≧100): 11.59%,9.40%
  総コレステロール(TC)(mg/dL)<160: 10.12%,6.88%,160~199: 39.75%,30.52%,200~239: 37.41%,39.60%,240~279: 10.98%,18.51%,≧280: 1.74%,4.49%
  LDL-C(mg/dL)<130: 55.54%,45.78%,130~159: 28.19%,30.86%,≧160: 16.26%,23.34%
  HDL-C(mg/dL)<35: 11.40%,3.28%,35~44: 28.71%,16.36%,45~49: 15.87%,12.25%,50~59: 23.82%,29.95%,≧60: 20.20%,38.14%
  ステージ3以上の慢性腎臓病(CKD): 27.9%,11.3%
  
◇ 冠動脈疾患(CHD)発症状況ならびに関連する因子
追跡期間中に冠動脈疾患(CHD)を発症したのは179人で,粗発症率は1000人・年あたり2.81と,フラミンガムコホートの8.94にくらべて約3分の1であった。

フラミンガムリスクスコア(FRS)(PMID: 9603539)で用いられた変数(CKDを除く)とCHD発症の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)との関連をCox比例ハザードモデルで検討した結果は以下のとおり(それぞれ,FRSのその他のすべての変数により調整)。
フラミンガムコホートとくらべると,男性および女性の血圧の各カテゴリーおよび喫煙のハザード比はいずれも高く,女性のTCのハザード比は低かったが,その他の因子については大きな差はみられなかった。

・男性
  年齢(+1歳): 1.07(1.05-1.09)
  TC<200 mg/dL: 1(対照),200~239 mg/dL: 1.30(0.89-1.88),≧240 mg/dL: 2.15(1.38-3.34)
  HDL-C<35 mg/dL: 2.06(1.37-310),35~59 mg/dL: 1,≧60 mg/dL: 0.67(0.42-1.08)
  正常血圧(含む至適血圧): 1,正常高値血圧: 1.52(0.92-2.51),ステージ1高血圧: 2.24(1.45-3.46),ステージ2~4高血圧: 2.34(1.41-3.86)
  糖尿病あり(vs. なし): 1.39(0.81-2.40)
  喫煙(vs. 非喫煙): 1.25(0.89-1.76)
  CKDあり(vs. なし):1.34(0.94-1.92)
  
・女性
  年齢(+1歳): 1.10(1.07-1.13)
  TC<200 mg/dL: 1(対照),200~239 mg/dL: 0.58(0.30-1.10),≧240 mg/dL: 1.38(0.78-2.46)
  HDL-C<35 mg/dL: 1.94(0.88-4.31),35~59 mg/dL: 1,≧60 mg/dL: 1.04(0.61-1.79)
  正常血圧(含む至適血圧): 1,正常高値血圧: 1.60(0.75-3.38),ステージ1高血圧: 1.82(0.91-3.61),ステージ2~4高血圧: 3.86(1.99-7.48)
  糖尿病あり(vs. なし): 2.59(1.23-5.49)
  喫煙(vs. 非喫煙): 3.22(1.74-5.97)
  CKDあり(vs. なし):1.38(0.80-2.40)

◇ CHDリスク予測モデルの作成
ステップワイズ法(変数減少法)により,もっとも適切なCox比例ハザードモデルを段階的に選択し,血清脂質値の指標としてTCとHDL-Cを用いたモデル(「TC吹田スコア」: 血圧,糖尿病,TCおよびHDL-CについてはFRSに準じたカテゴリーを設定),およびLDL-CとHDL-Cを用いたモデル(LDL-C吹田スコア」: LDL-CおよびHDL-Cについては日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012』に準じたカテゴリーを設定)の2つのモデルを作成した。
いずれのモデルについても,CKDを含めるかどうかで他の変数のCHD発症の多変量調整ハザード比に大きな差はみられなかった。

以上の結果をもとに,血清脂質値の指標としてTCとHDL-Cを用いたモデル,LDL-CおよびHDL-Cを用いたモデルのそれぞれについて,Cox比例ハザードモデルにおける8つの変数(TCまたはLDL-Cと,年齢,性別,喫煙,糖尿病,血圧,HDL-C,CKD)の各カテゴリーのβ係数を10倍して四捨五入した値をスコアとして設定した(年齢については,各カテゴリー[TC吹田スコアでは36~45/46~55/56~65/>65歳,LDL-C吹田スコアでは35~44/45~54/55~64/65~69/≧70歳]の中央となる年齢に,それぞれのCox比例ハザードモデルにおけるβ係数をかけあわせ,さらに10倍した値)。

これらのスコアの合計に対応する,吹田コホートでのCHD発症状況をFRSのハザード関数にあてはめた結果をもとに,各対象者における合計スコア(TC吹田スコア: 最低1点~最高104点,LDL-C吹田スコア: 最低10点~最高95点)から予測される10年間のCHD発症率が換算表から算出できるようになっている。

たとえば,66歳の喫煙者の男性で,糖尿病なし,CKDあり(ステージ3),収縮期血圧が145 mmHg,TCが230 mg/dL,LDL-Cが160 mg/dL,HDL-Cが42 mg/dLの場合,スコアの合計はTC吹田スコアで69点,LDL-C吹田スコアで68点となり,予測される10年間のCHD発症率はそれぞれ24%超,22%となる。

◇ CHDリスク予測モデルの検証
・2つの吹田スコアの比較
TC吹田スコアのC統計量は0.835,LDL-C吹田スコアのC統計量は0.831とほぼ同等で,さらに両者の純再分類改善度(net reclassification improvement: NRI)に有意な差はみられなかったことから,これら2つのリスク予測モデルはCHD発症リスク予測において同等の有用性をもつと考えられた。

・CKD追加の有無による比較
CKDを変数として追加することで,TC吹田スコア,LDL-C吹田スコアのいずれについても,C統計量はやや改善し,NRIはそれぞれ40%,43.9%と有意に改善した(P<0.001)。

・吹田スコアとFRSの比較
TC吹田スコア(CKD含む),TC吹田スコア(CKD含まず),FRS,および吹田コホートの各変数の平均値とCHD発症状況により再調整したFRS(recalibrated FRS)の4つのCHD発症リスク予測モデルについて,適合度(尤度比検定),C統計量およびベイズ情報量基準を用いて予測能を比較した。
その結果,いずれの評価指標を用いた場合でも,4つのなかでTC吹田スコア(CKD含む)の予測能がもっとも高くなっていた。
また,FRSおよび再調整後のFRSに対するTC吹田スコア(CKD含む)のNRIをみると,それぞれ46.8%(P<0.001),25.4%(P=0.002)と有意な改善がみとめられた。この結果は,TC吹田スコア(CKD含まず)についても同様であった。

対象者をTC吹田スコア(CKD含む)の五分位によるカテゴリーに分類し,それぞれTC吹田スコア(CKD含む),FRS,再調整後FRSにより予測される10年間のCHD発症率を実際の発症率と比較した。その結果,FRSおよび再調整後のFRSは,すべての五分位でCHD発症率を過大評価していた。一方,TC吹田スコア(CKD含む)により予測される発症率と実際の発症率のあいだには,有意差はみられなかった(P=0.18)。


◇ 結論
フラミンガムリスクスコア(FRS)はかねてより冠動脈疾患(CHD)の予防に重要な役割を果たしてきたが,白人以外の集団ではリスクを過大評価するとの指摘もある。本邦でもいくつかのコホート研究によるリスクスコアが発表されているが,都市部一般住民におけるCHDの発症をエンドポイントとしたものはなかった。そこで,都市部におけるコホート研究である吹田研究のデータを用い,既知のCHD危険因子,ならびに慢性腎臓病の保有状況から10年後のCHD発症リスクを予測するアルゴリズムである「吹田スコア」を作成した。FRSとの比較・検証の結果,吹田スコアは,FRSおよび再調整後のFRSよりもすぐれたCHD発症リスク予測能をもつことや,FRSは吹田コホートにおいてCHD発症リスクを過大評価することが示された。br />
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[訂正] 2016年9月5日,以下の訂正を行いました。
Nishimura K, et al. Predicting Coronary Heart Disease Using Risk Factor Categories for a Japanese Urban Population, and Comparison with the Framingham Risk Score: The Suita Study. J Atheroscler Thromb. 2016; 23: 1138-9. pubmed

(1) 結果
「◇ 対象背景」の,以下の数値を訂正しました。
男性におけるステージ3以上の慢性腎臓病(CKD): [変更前]46.2% →[変更後]27.9%

(2) 結果
「◇ 冠動脈疾患(CHD)発症状況ならびに関連する因子」の,以下の数値を訂正しました。
[変更前]追跡期間中に冠動脈疾患(CHD)を発症したのは213人で,……
[変更後]追跡期間中に冠動脈疾患(CHD)を発症したのは179人で,……


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