[インタビュー] 計画的にデザインされた都市型コホート研究(前編)

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岡村智教氏 岡村智教
国立循環器病研究センター
予防健診部 部長
(現・慶應義塾大学医学部
衛生学公衆衛生学 教授)
小久保喜弘氏 小久保喜弘
国立循環器病研究センター
予防健診部 医長

大阪府吹田市の一般住民を対象としたコホート研究,吹田研究。
研究を主導する国立循環器病研究センター予防健診部の岡村智教氏と小久保喜弘氏に,研究の概要について話をうかがった。
インタビューは2回にわけて掲載する。前半の今回は,研究の特徴や,人の移動の多い都市部でどのように追跡が行われてきたかなどについて紹介する。
(インタビュー: 2010年7月)

コホート研究として計画的にデザインされた

—はじめに,吹田研究が開始された経緯について教えてください。

岡村: 吹田研究が開始されたのは1989年(平成元年)です。私が国立循環器病センター(現: 国立循環器病研究センター)に赴任したのは2007年ですので,これは聞いた話になりますが,ここに集団検診部(現: 予防健診部)が設立されたとき,「日本の範になるようなコホート研究を行いたい」というのが当時のスタッフの思いとしてあったそうです。日本のコホート研究は,それまでは人の移動の少ない農村地域で,住民健診のデータを用いて行うものが多かったのです。そこで,国立循環器病センターのある大阪府吹田市で都市部住民のコホートを立ち上げ,最初からコホート研究として計画的にデザインした研究を行おうということで吹田研究が開始されました。

小久保: 国勢調査で用いられる「人口集中地区」をいわゆる都市部として考えますと,日本の総人口の約2/3にあたる8,280万人が,都市部に住んでいることになります。つまり,国民の大部分が都市部に住んでいるにもかかわらず,日本のコホート研究は農村地域で行われているものが中心で,都市部住民のエビデンスがほとんどないという状況だったのです。

「住民健診」の制限を受けない

—住民健診ベースのコホート研究とは,具体的にどのような点が違っているのですか。

岡村: まず対象者の選び方が異なります。住民健診ベースのコホート研究では,健診の受診者がそのまま対象者となるため,普段から健康への関心が高い人や高齢者,女性などが多く含まれる傾向があります。一方,吹田研究では,住民基本台帳から無作為に抽出した吹田市住民のうち,研究への同意が得られた方を対象としています。

小久保: 無作為抽出は,性別・年齢層ごとに行っています。住民健診ベースの研究では,女性が対象者の8割を占めるような場合もありますが,吹田では男女比はほぼ1:1となっています。また,市町村の住民健診はほとんど40代以上を対象としていますが,吹田研究では当初から若年者における検討を視野に入れて30代から70代の人を登録しており,全体に占める若年者の割合も他のコホートより高くなっています。若年世代のデータが得られるというのは大きな利点だと思います。

岡村: また,住民健診ベースの研究の場合,検討できる項目は,必然的に健診で実施しているものに限られてしまいます。一方,吹田研究はもともと研究を主眼においているため,研究者が検討したいと考えた項目や,住民健診ではまだ実施されていない新しい項目などを取り入れ,測定法も自由に決めることができます。

たとえば,LDL-C値の計算には空腹時の採血が必要なので,最初からLDL-Cの検討を行うことを考え,空腹時採血を行うようにしました。このため,血糖値も空腹時のデータが蓄積されています。また,腹囲も研究開始当初から測定しています。住民健診という制限がなく,研究者主導で進めやすい研究デザインであることが大きな特徴の1つです。

—1989年当時から,腹囲が重要と考えられていたのですか。

国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター

岡村: 腹囲そのものというより,当時,ウエスト-ヒップ比が指標としてよく用いられていたためだと思います。研究が進むにつれて,だんだんウエスト-ヒップ比が廃れて腹囲が残ったのでしょう。このように,検討項目には,そのときどきで注目されているものや,最新の知見を取り入れるようにしています。

人の移動の多い都市部で,客観的なデータを収集する努力

—対象者数はどのくらいですか。

小久保: 1989年に無作為抽出されたのは12,200人で,このうち研究への参加に同意し,国立循環器病研究センターの健診を受診された6,485人が対象となりました。これがオリジナルコホートです。また,1996年には二次コホートとして再度,無作為抽出を行っており,抽出された3,000人のうち1,329人が対象となりました。この2つは別々に解析をしています。現在報告している論文はオリジナルコホートを対象としたものです。

—追跡健診は国立循環器病研究センターで行われるのですか。

小久保: そうです。追跡健診は2年に1度行います。また,並行して年1回,生活習慣や発症の有無に関して自己記入式の問診票による調査を行っています。問診票の回答により循環器病の発症の疑いがあると考えられた場合は,そのまま発症として扱うのではなく,必ず医師による確認を行います。具体的には,ご本人の同意を得たうえで,受診している病院に臨床情報の提供依頼を行い,「発症登録票」に詳細を記入していただくようにお願いしています。つまり,第三者による客観的な情報をもとに,発症の確認を行っているのです。異動の多い都市部住民を対象としていますので,問い合わせ先は日本全国といってもよいくらいになります。

岡村: 発症疑いのかたについて確認を行うと,症状の思い違いだったり,「自称」心筋梗塞で所見はまったくみられなかったりというケースもかなりあります。「疑い」のうち,ほんとうに心筋梗塞だったのは1割もないくらいかもしれません。エンドポイントとしての発症の確認は非常に重要です。

さらに,以上の調査でも発症を把握できないまま亡くなられたかたがいる可能性を考え,死亡小票データも調査しています。吹田研究ではさまざまな形の追跡情報を集め,確認を行ったうえで最終的なデータを確定するシステムになっています。ほかのコホート研究でも,発症をエンドポイントにしている場合はやはり何らかの方法で確認を行っていると思うのですが,吹田研究の場合は人の移動が多いので,前もってたくさんの「網」をかけています。そのため,ほかの研究にくらべてエンドポイントの確定までに少し時間がかかります。

—追跡率に関してはいかがでしょうか。

小久保氏、岡村氏
小久保氏(左)と岡村氏(右)

小久保: 吹田市保健センター,吹田医師会との連携に支えられていることもあり,追跡率は約90%です。吹田研究の場合は,市外に転出していても継続して健診を受けられます。追跡健診の案内を出しても連絡がつかないような場合でも,一人一人に電話するなどして,できる限り追跡を行っています。

岡村: これは大きなメリットの1つだと思うのですが,国立循環器病研究センターの知名度が高いことで,若い世代のかたにも「健診を受けてみよう」と思ってもらえることが多いようです。また,ここは病院で,1年中開いていますので,受診者のかたには2年に1度,それぞれの誕生月に来ていただくようにしています。いわば「フラミンガム方式」ですね。住民健診は夏など一定の期間に集中して行う場合が多いと思いますが,ここでは,もし都合で健診の機会を逃してしまっても,連絡していただければ別の月に健診を受けなおすことが可能です。

—吹田研究の予算はどのようになっているのですか。

岡村: 予算の出所はいくつかあるのですが,まず,健診は国立循環器病研究センター病院のスタッフが行いますので,その人件費は病院から出ます。また,2008年度からは特定健診・特定保健指導が始まりました。特定健診で行われる項目については,ほかのところと同様,対象者のかたが加入している保険者から受託するかたちになりますので,そこから費用が出ます。われわれが独自に行っている追加項目については,その研究テーマでなんらかの研究費を取得することで実施していますので,対象者のかたにその部分の費用を払っていただくことはありません。これまでに糖負荷検査,頸部エコー,心エコー,止血凝固能検査,睡眠時無呼吸症候群検査などを行っています。

--- つづく ---



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