[2009年文献] 肺動脈圧が高いほど全死亡リスクが増加(Rochester Epidemiology Project)

一般住民を対象として,肺動脈圧が年齢とともに増加することを示したはじめての研究である。肺動脈収縮期圧(PASP)の増加は脈圧および左室拡張期圧の増加とそれぞれ有意に,かつ独立して関連しており,加齢にともなって生じた血管壁の硬化および左室機能障害がPASPの変化に影響していると考えられた。また9年間の追跡により,年齢および心肺疾患の有無にかかわらず,PASPが高いほど全死亡リスクが高くなることが示された。通常の高血圧と同様に,肺循環における血圧上昇も心血管疾患リスクとなる可能性,および新たな治療ターゲットとなる可能性が示された。

Lam CS, et al. Age-associated increases in pulmonary artery systolic pressure in the general population. Circulation. 2009; 119: 2663-70.pubmed

目的
これまでに,高齢者の全身循環における収縮期高血圧のデータが豊富に蓄積されてきている一方で,肺動脈収縮期圧(pulmonary artery systolic pressure: PASP)については,一般住民における加齢との関連,予後予測能などを含め,情報が乏しいのが現状である。そこで,加齢にともなうPASPの変化,PASPに影響を与える因子,およびPASPが全死亡リスクを予測するかどうかについて,米国の一般住民から無作為に抽出した集団において検討を行った。
コホート
Rochester Epidemiology Project。
1997年1月1日の時点で米国ミネソタ州オルムステッド郡に居住していた45歳以上の一般住民から無作為に抽出し,参加への同意が得られた2,042人に心エコー,呼吸機能検査を含むベースライン調査を行い,三尖弁逆流速度が解析可能で肺動脈収縮期圧(PASP)の値を求めることができた1,413人を9年間(中央値)追跡した。

PASPは,ドップラー心エコーで得られた三尖弁逆流速度からベルヌーイの式により右室収縮期圧-右房圧較差(最大三尖弁逆流速度の2乗×4)を求め,右房圧(5 mmHgと仮定)を足すことで推定した。
左室拡張期圧は,ドップラー心エコーで得られた僧帽弁血流速度(E)と拡張早期僧帽弁輪速度(e’)の比(E/e’)として推定した。

ベースライン時のPASPにより,全体を以下のように五分位に分けて全死亡リスクとの関連を検討した。
Q1: 15~23 mmHg(244人),Q2: 24~25 mmHg(232人),Q3: 26~29 mmHg(480人),Q4: 30~32 mmHg(278人),Q5: 34~66 mmHg(179人)
結 果
◇ 対象背景
肺動脈収縮期圧(pulmonary artery systolic pressure: PASP)の中央値は26 mmHgであった。
解析可能だった1,413人は,解析不可能だった人にくらべ,年齢,女性の割合が有意に高く,BMI,糖尿病の割合,高血圧の割合,慢性閉塞性肺疾患の割合が有意に低かった。冠動脈疾患の割合,心不全の割合,生存率に有意差はみられなかった。

三尖弁逆流速度が解析可能だった1,413人の対象背景は,年齢45~96歳,男性43 %,BMI kg/m2,高血圧36%,冠動脈疾患14%,糖尿病7%,心不全3%,慢性閉塞性肺疾患4%,β遮断薬服用17%,Ca拮抗薬服用7%,ACE阻害薬服用10%,ARB服用2%,利尿薬服用18%,血圧131 / 73 mmHg,脈圧59 mmHg,心拍数65拍/分,駆出率63%,心拍出量5.6 L/分,平均PASP 28 mmHg,左室拡張期圧(E/e’)8.7,左房容量25.5 mL/m2,1秒量(forced expiratory volume: FEV,%対予測値)94%,努力性肺活量(forced vital capacity: FVC,%対予測値)97%,1秒率(FEV/FVC比)77%。

◇ ベースライン時のPASPに関連する因子
年齢調整後も,PASPの値に性別による差はみられなかった(P=0.41)。

収縮期血圧は年齢との有意な正の関連を示した(r=0.40,P<0.001)。この結果は性別を問わず同様であった(男女ともP<0.001)。
PASPも年齢との有意な正の関連を示した(r=0.31,P<0.001)。この結果は性別を問わず同様であった(男女ともP<0.001)。
PASPは,BMI(r=0.07,P=0.008)とも弱いが有意な正の関連を示しており,この結果は年齢調整後も同様であった(P=0.001)。

・ PASPと拡張機能障害および動脈硬化
PASPは,脈圧(r=0.33,P<0.001)および左室拡張期圧(r=0.32,P<0.001)と有意な正の関連を示した。この結果は年齢調整後も同様であった(いずれもP<0.001)。
年齢と脈圧,および年齢と左室拡張期圧に有意な交互作用はみとめられなかった(それぞれP=0.58,P=0.07)ことから,すべての年齢層において,PASPに対する脈圧と左室拡張期圧の影響が同等であることが示唆された。
これらの結果は,服用薬による調整を行っても同様であった。

PASPは心拍出量とも弱い正の関連を示していた(r=0.11,P<0.001)。
また,PASPは1秒量(r=-0.17,P<0.001),努力性肺活量(r=-0.20,P<0.001)と有意な負の関連を示していた。
PASPと左室駆出率との関連はみとめられなかった。

多変量解析の結果,PASPと独立した関連を示していたのは以下の因子。
   年齢: +10.6歳ごとにPASPが28%増加 (P=0.003)
   脈圧: +17.5 mmHgごとにPASPが42%増加(P<0.001)
   左室拡張期圧: E/e’比+3.2ごとにPASPが58%増加(P<0.001)
BMIや肺機能とPASPとの独立した関連はみられなかった。
また,脈圧と左室拡張期圧との有意な交互作用はみられなかった(P=0.14)。
以上の結果は,心拍出量による調整を行っても同様であったことから,PASPの増加に対し,年齢,動脈硬化,および拡張機能障害がそれぞれ独立して影響している可能性が示唆された。

心疾患および肺疾患を有さないサブグループ(778人)を対象に解析を行っても,結果は同様であった。

◇ ベースライン時のPASPと全死亡リスク
追跡期間中に死亡したのは155人。

ベースライン時のPASPによる五分位でKaplan-Meier解析を行った結果,PASPが高いほど生存率が有意に低くなっていた(P<0.001)。
とくにQ4(30~32 mmHg)およびQ5(34~66 mmHg)では,Q1(15~23 mmHg)にくらべて有意に生存率が低かった(P<0.05)。
この結果は,心疾患および肺疾患を有さないサブグループを対象に行った解析でも同様であった(P=0.002)。


◇ 結論
一般住民を対象として,肺動脈圧が年齢とともに増加することを示したはじめての研究である。肺動脈収縮期圧(PASP)の増加は脈圧および左室拡張期圧の増加とそれぞれ有意に,かつ独立して関連しており,加齢にともなって生じた血管壁の硬化および左室機能障害がPASPの変化に影響していると考えられた。また9年間の追跡により,年齢および心肺疾患の有無にかかわらず,PASPが高いほど全死亡リスクが高くなることが示された。通常の高血圧と同様に,肺循環における血圧上昇も心血管疾患リスクとなる可能性,および新たな治療ターゲットとなる可能性が示された。


監修: epi-c.jp編集委員 磯 博康

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