[2013年文献] 粒子状物質(PM2.5,PM10)への長期的な曝露は,欧州の環境基準値未満であっても急性冠症候群リスクと関連(ESCAPE Project)

Cesaroni G, et al. Long term exposure to ambient air pollution and incidence of acute coronary events: prospective cohort study and meta-analysis in 11 European cohorts from the ESCAPE Project. BMJ. 2014; 348: f7412.pubmed

コメント
粒子状物質への長期曝露と急性冠症候群のリスクとの関連については,米国の先行研究があり,それに基づいた環境基準値が広く用いられている。今回,欧州5か国での11の研究のメタ解析を行った結果,環境基準値未満のコホートでの解析において,PM2.5およびPM10への曝露量が増加するにつれて急性冠症候群の発症リスクが高くなることが示された。本研究は,国によって異なる環境基準値の設定が必要である可能性を示す研究として意義深く,わが国においてもエビデンスの構築が望まれる。
編集委員・磯 博康
目的
Global Burden of Disease研究の報告によると,粒子状物質(particulate matter)による大気汚染は,年間310万人の死亡,ならびに虚血性心疾患による障害調整生命年(DALY)の22%に寄与している。粒子状物質への長期的な曝露は死亡リスク,とくに心血管疾患による死亡リスクの増加と関連するとの報告があるが,心血管疾患発症リスクに関するエビデンスは一貫していない。欧州連合(EU)における直径2.5 μm未満の粒子状物質(PM2.5)の環境基準値は,北米で実施された研究に基づいて年間25 μg/m3とされており,米国の値(12 μg/m3)よりも高い。そこで,欧州の前向きコホート研究のデータを用いて粒子状物質への長期的な曝露による健康への影響を検討するESCAPE Projectにおいて,PM2.5をはじめとした粒子状物質,窒素酸化物,ならびに近隣の道路における交通状況と急性冠症候群の発症リスクとの関連を検討した。
コホート
European Study of Cohorts for Air Pollution Effects(ESCAPE)Project: 粒子状物質への曝露による健康への影響を検討することを目的として2008~2012年に実施された,既存のコホート研究のメタ解析。
欧州5か国における11研究(急性冠症候群の発症データ,ならびに交絡因子となる可能性のある重要な項目のデータを有する)の対象10万166人を平均11.5年間追跡(115万4386人・年)。各研究の登録期間は1992~2007年。
  • フィンランド: FINRISK(9995人)
  • スウェーデン: Swedish National Study on Aging and Care in Kungsholmen(SNAC-K,2684人),the Screening Across the Lifespan Twin Study(SALT,6084人),the 60 year olds study(3686人),the Stockholm Diabetes Prevention Program Study(SDPP,7723人)
  • デンマーク: the Danish Diet, Cancer and Health cohort study(DCH,35693人)
  • ドイツ: the Heinz Nixdorf Recall Study(HNR,4433人),the Cooperative Health Research in the Ausburg Region(KORA,8301人)
  • イタリア: the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition in Turin(EPIC-Turin,7230人),the International Study on Asthma and Allergies in Childhood in Turin(SIDRIA-Turin,5137人),the International Study on Asthma and Allergies in Childhood in Rome(SIDRIA-Rome,9200人)

大気汚染への曝露状況については,2008~2011年の期間中のいずれか1年間にわたって,各コホート研究の調査対象地域ごとに,以下のとおりそれぞれ14日間×異なる季節に3回の調査を行い,3回の平均値を用いた(各地域に設けた標準地点で観測された短期的な変動を考慮して調整)。
  • 粒子状物質: 直径2.5 μm未満(PM2.5),2.5 μm以上10 μm未満(粗大粒子[coarse PM]),10 μm未満(PM10)の3種類の粒子状物質の大気中濃度(μg/m 3)を20地点で測定。
  • PM2.5吸収度(absorbance): PM2.5に曝露されたフィルターの汚れの度合いを20地点で測定。
  • 窒素酸化物: 二酸化窒素(NO2)ならびに窒素酸化物(NOX)の大気中濃度(μg/m3)を40地点で測定。

交通状況については,
  • 対象者の居住地にもっとも近い道路における交通密度(1日あたりの車両数[台/日])
  • 近隣100m以内の幹線道路(1日あたり5000台超の交通量)における1日あたりの交通負荷(「交通密度」×「100m以内の範囲に含まれる道路長」[台・m/日])
の2つを調査した。
結 果
◇ 対象背景と大気汚染への曝露状況
各コホートにおける対象者の平均年齢は44~74歳,女性の割合は48~65%,大学卒業の学歴は11~35%,現在喫煙率は15~42%,BMIは25.3~28.5 kg/m2,週1時間程度の身体活動は11~81%,週1~3回の飲酒は3~98%,糖尿病は0.2~13%,高血圧は1~66%。

各コホートにおける大気汚染への曝露状況をみると,PM2.5は7~31 μg/m3,粗大粒子は6~17 μg/m3,PM10は14~48 μg/m3,PM2.5吸収度は0.5~3.2×10-5/m,二酸化窒素(NO2)は8~60 μg/m3,窒素酸化物(NOX)は14~107 μg/m3で,スウェーデンで低く,北イタリアで高い傾向がみられた。
もっとも近い道路の交通密度は864~4290台/日,近隣の幹線道路の交通負荷は109~2307台・m/日であった。

◇ 大気汚染への曝露状況と急性冠症候群(ACS)の発症リスク
追跡期間中におけるACS(心筋梗塞または不安定狭心症)の発症は5157件。

粒子状物質,窒素酸化物,ならびに交通状況に関する各項目への曝露増加にともなうACS発症のハザード比をみると,年齢,性別および調査期間で調整したモデルではPM2.5,粗大粒子,PM10,PM2.5吸収度,ならびにNOXとACS発症リスクとのあいだに有意な関連がみられたが,多変量調整を行うと,PM10についてのみACS発症リスクと有意な関連がみとめられた。交通状況に関しては,いずれのモデルにおいてもACS発症との関連はみられなかった。

多変量調整後のACS発症の累積ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり。
年齢,性別,調査期間,婚姻状況,学歴,職業,喫煙状況,喫煙期間,喫煙本数,地域の社会経済的状況により調整)
  PM2.5(+5 μg/m3): 1.13(0.98-1.30)
  粗大粒子(+5 μg/m3): 1.06(0.98-1.15)
  PM10(+10 μg/m3): 1.12(1.01-1.25)
  PM2.5吸収度(+1.0×10-5/m): 1.10(0.98-1.24)
  NO2(+10 μg/m3): 1.01(0.98-1.05)
  NOX(+20 μg/m3): 1.01(0.98-1.04)
  もっとも近い道路の交通密度(+5000台/日): 1.01(0.98-1.04)
  近隣の幹線道路の交通負荷(+400万台・m/日): 1.00(0.95-1.06)

以上の結果にコホート間の異質性はみとめられなかった(I2<5%)。

◇ 感度分析および層別化解析
PM2.5およびPM10とACS発症の多変量調整ハザード比(それぞれ+5 μg/m3,+10 μg/m3あたり)との関連についての感度分析として,調整に用いなかった付加的な変数の情報を有するコホートを対象に,それらの変数による調整などを行った結果は以下のとおり。

・糖尿病・高血圧による調整(11コホート): PM2.5,PM10のいずれについても,多変量調整ハザード比はわずかに小さくなった。
・身体活動・飲酒・BMIによる調整(8コホート): 結果は変わらず。
・糖尿病・高血圧・身体活動・飲酒・BMI・総コレステロール値による調整(4コホート): 結果は変わらず。
・居住地域(都市/郊外/地方)による調整(11コホート): 多変量調整ハザード比はわずかに大きくなった。
・住所変更のデータによる調整(10コホート): 住所変更をしなかった対象者では,PM2.5,PM10のいずれについても,多変量調整ハザード比は大きくなった。
・規模がもっとも大きいDCH研究の除外(10コホート): 除外しなかった場合と結果は変わらず。
・一つ抜き交差検証(leave one out cross validation)における精度の高かったコホートでの解析(R2値>60,PM2.5: 6コホート,PM10: 9コホート): PM2.5,PM10のいずれについても,多変量調整ハザード比は大きくなった。

また,年齢による層別化解析の結果は以下のとおりで,60~74歳では,ほかの年齢層にくらべてPM2.5への曝露増加(+5 μg/m3)によるACS発症の多変量調整ハザード比が大きかった(相互作用のP=0.11)。
60歳未満: 0.91(95%信頼区間0.71-1.15)
60~74歳: 1.25(1.03-1.51)
75歳超: 1.18(0.85-1.64)
その他の変数については,相互作用はみられなかった。

◇ PM2.5,PM10への曝露が基準未満のコホートにおける解析
PM2.5,およびPM10への曝露が,欧州連合(EU)における環境基準値(それぞれ年間25 μg/m3,40 μg/m3)未満であるコホートのみを対象とした解析を行った。その結果は以下のとおりで,PM2.5,PM10のいずれについても,曝露が増加するほどACS発症の多変量調整ハザード比が有意に増加していた。
  PM2.5(+5 μg/m3): 1.18(95%信頼区間1.01-1.39)
  PM10(+10 μg/m3): 1.12(1.00-1.27)

これらの結果は,曝露がより少ないコホート(PM2.5: 15 μg/m3未満の7コホート,PM10: 20 μg/m3未満の7コホート)のみを対象とした解析でも同様であった。


◇ 結論
欧州の前向きコホート研究のメタ解析により,大気汚染状況,ならびに近隣の道路における交通状況と急性冠症候群の発症(ACS,心筋梗塞+不安定狭心症)リスクとの関連を検討した。その結果,PM2.5,粗大粒子,PM10,ならびに窒素酸化物への曝露増加にともなってACSの発症リスク(年齢・性・調査期間で調整)は有意に増加していたが,多変量調整後も有意な関連がみとめられたのはPM10のみであった。近隣の交通状況とACSとの関連はみとめられなかった。また,欧州における現在の環境基準値を超えない範囲においては,PM2.5およびPM10への曝露が増加するほどACS発症リスク(多変量調整)が有意に増加することが示された。これらの結果は,粒子状物質への長期的な曝露が冠動脈イベントを増加させる可能性を示唆しており,公衆衛生の観点から,欧州における現在の環境基準値を下げる必要があると考えられる。


監修: epi-c.jp編集委員 磯 博康

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