[2013年文献] 家庭血圧の変動性の新しい指標は,リスク予測能を大きく改善せず

標準偏差(SD)を用いて解析した血圧変動性が死亡を予測することが知られているが,SDは血圧値の影響を受ける。そこで,家庭血圧値に基づいて算出した血圧変動性の各指標と,死亡および心血管イベント発症リスクとの関連について,新しい指標である「平均値とは独立した変動性(VIM)」や「平均変動幅(ARV)」も用い,日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究による検討を行った。12年間(中央値)の追跡の結果,VIMとARVはいずれも血圧とは独立した全死亡および心血管疾患死亡リスクの有意な予測因子であったが,脳卒中発症リスクとの関連はみられなかった。さらに,血圧値を含めた多変量モデルに血圧変動性の各指標を加えた場合の予後予測能の改善度は,いずれの指標を用いた場合も小さかった。以上の結果より,家庭血圧値に基づいて算出した血圧変動性の各指標は,血圧値による予後予測能の改善をもたらすものではなく,臨床的な意義は大きくないことが示唆された。臨床現場では,適切な介入によりコントロール可能な,血圧およびその他の主要な危険因子を重視すべきと考えられる。

Asayama K, et al. Home blood pressure variability as cardiovascular risk factor in the population of Ohasama. Hypertension. 2013; 61: 61-9.pubmed

コホート
ベースライン健診に参加した35歳以上の大迫町住民3090人のうち,家庭血圧測定を行わなかった218人,朝または夜の測定回数が5回未満の322人,脳卒中既往のある129人を除いた2421人を2004年12月31日まで12.0年間(中央値)追跡。

家庭収縮期血圧(SBP)値,ならびに家庭SBP値より算出した以下の3つの血圧変動性指標を用いて検討を行った。
・平均値とは独立した変動性(variability independent of mean: VIM)
・血圧最高値と最低値の差(maximum-minimum difference: MMD)
・平均変動幅(average real variability: ARV)

個人の血圧値の標準偏差(SD)を,平均値のx乗(xは,収縮期血圧のSDを収縮期血圧の平均値に対してプロットした結果に近似する曲線から算出する)で割ったもの。血圧変動性の指標としてこれまで用いられてきたSDや変動係数(coefficient of variation[CV]: 個人の血圧値のSDを平均値で割ったもの)などは平均値の影響を受けることから,多変量モデルにこれらと平均値を同時に含めるのは望ましくない。そこで,本質的にはCVと近いが平均値の影響がほぼ無視できるVIMが新しい指標として考案された。(参考: Hypertension. 2010; 56: 179-81. pubmed

連続した複数回の測定における,前回測定値との差の絶対値を平均したもの。血圧変動性の新しい指標の一つ。測定の順番も考慮されているが,血圧値の影響を受ける。
結 果
◇ 対象背景
対象者の平均年齢は58.6歳,女性の割合は60.9%,降圧薬服用率27.1%(656人),現在喫煙率19.6%,糖尿病有病率9.1%,高脂血症26.2%であった。
解析可能な家庭血圧値が得られた日数の中央値は,朝,夜のいずれも26日。

朝の家庭収縮期血圧(SBP)の平均値は,夜のSBPよりも有意に高かった(差2.15 mmHg ,95%信頼区間1.88-2.42,P<0.0001)。この差は,降圧薬服用者ではさらに大きかった(差3.55 mmHg,2.91-4.18,P<0.0001)。

降圧薬服用の有無でみると,服用者の血圧変動性は,どの指標でみても,非服用者にくらべて有意に大きかった(すべてP<0.0001)。
男女別にみると,女性の朝および夜の家庭SBPは男性にくらべて有意に低かった(P<0.0001)。心拍数は男女で同等であったが,夜の心拍数は女性で有意に低かった(P<0.0001)。朝の血圧変動性について,変動係数(CV),平均値とは独立した変動性(VIM),最高値と最低値の差[MMD]はいずれも女性のほうが男性より高かったが(P≦0.0039),夜の血圧についてはいずれも同等であった(P≧0.089)。

◇ VIMでみた血圧変動性と関連する因子
対象者個人におけるVIMは,降圧薬服用の有無も考慮し,それぞれ以下のように算出された(SD: 標準偏差)。
(1) 朝のSBPによるVIM
  全対象者: 123.81.22×SD/(平均SBP1.22)
  降圧薬非服用者: 119.91.12×SD/(平均SBP1.12)
  降圧薬服用者: 134.60.78×SD/(平均SBP0.78)
(2) 夜のSBPによるVIM
  全対象者: 121.71.15×SD/(平均SBP1.15)
  降圧薬非服用者: 118.21.08×SD/(平均SBP1.08)
  降圧薬服用者: 131.10.73×SD/(平均SBP0.73)

男女別に,朝のSBPを用いて算出したVIMの四分位から,4つのカテゴリー(Q1: 変動性が小さい~Q4: 大きい)を設定して対象背景を比較した。
その結果,朝のSBPは各カテゴリーで同等だったが,降圧薬服用率,血圧変動性の各指標(SD,CV,MMD,平均変動幅[ARV])はいずれもVIMが大きいカテゴリーほど有意に高値であった(すべてP<0.0001)。
これらの結果は,夜のSBPを用いて算出したVIMについても同様であった。

◇ 血圧変動性と死亡・心血管イベント発症率
追跡期間中の脳卒中発症は223件で,死亡は412人(うち139人[33.7%]が心血管疾患死亡)であった。
SBPおよびVIMのカテゴリー間で発症率を比較すると,朝のSBPおよび夜のSBPについては,値が高いカテゴリーほど全死亡,心血管疾患死亡,脳卒中の発生率がいずれも有意に高くなっていた。また,朝のVIMが高いカテゴリーほど全死亡および心血管疾患死亡の発生率が有意に高くなっていたが(それぞれP=0.0030,P=0.014),脳卒中については有意な関連はなく,夜のVIMと全死亡,心血管疾患死亡,脳卒中との有意な関連はみられなかった。

◇ 血圧変動性と死亡・心血管イベント発症リスク
・朝の測定値を用いた解析
各指標の1 SD増加あたりの多変量調整相対ハザード(RH,*: P<0.05,**: P<0.01,***: P<0.0001),R2統計量を下に示す。SBPについてはベーシックモデル,血圧変動性の各指標についてはフルモデルに加えた場合の値(ベーシックモデル: 性別,年齢,BMI,心拍数,喫煙および飲酒,総コレステロール,糖尿病,心血管疾患既往で調整,フルモデル: ベーシックモデルにSBPを加えて調整)。
ベーシックモデルにおいて,朝のSBPは,全死亡,心血管疾患死亡,脳卒中発症リスクのいずれについても有意な予測因子となった。この結果は降圧薬非服用者でも同様だったが,降圧薬服用者では,脳卒中発症のみの有意な予測因子となった。
朝のSBPを用いて算出したVIMおよびARVは,SBPも含めたフルモデルにおいて,いずれも全死亡および心血管疾患死亡リスクの有意な予測因子となった。降圧薬服用の有無も考慮すると,非服用者のVIMは全死亡リスクの予測因子,服用者のVIMは心血管疾患死亡リスクの予測因子であった。
予後予測能については,SBPも含めたフルモデルにVIMまたはARVを加えた場合のR2統計量§ の増加は0.08%~0.88%にとどまった。

§ R2統計量(generalized R2 statistic): そのモデルによりアウトカムの何%が説明されるかを表す。特定のパラメータをモデルに加えることでR2統計量が増加した場合,予後予測能が改善したことを示す。

[全死亡]
  SBP: RH 1.14*(95%信頼区間1.02-1.27),R2 22.9%
  VIM: RH1.15**(1.04-1.26),R2 0.30%
  MMD: RH 1.06(0.96-1.17),R2 0.06%
  ARV: RH 1.10*(1.00-1.21),R2 0.16%

[心血管疾患死亡]
  SBP: RH 1.30**(1.09-1.56),R2 10.7%
  VIM: RH 1.26**(1.07-1.49),R2 0.31%
  MMD: RH 1.14(0.97-1.34),R2 0.10%
  ARV: RH 1.22*(1.04-1.42),R2 0.25%

[脳卒中発症]
  SBP: RH 1.43***(1.23-1.66),R2 8.3%
  VIM: RH 1.14(1.00-1.30),R2 0.15%
  MMD: RH 1.12(0.98-1.28),R2 0.12%
  ARV: RH 1.13(1.00-1.27),R2 0.14%

・夜の測定値を用いた解析
夜のSBPは,全死亡,心血管疾患死亡,脳卒中発症のいずれのリスクについても有意な予測因子であった。
夜のSBPを用いて算出したVIMは,SBPも含めたフルモデルにおいて,心血管疾患死亡リスクの有意な予測因子であり,降圧薬服用の有無も考慮すると,非服用者においても心血管疾患死亡リスクの有意な予測因子となっていた。ARV,MMDについては全死亡,心血管疾患死亡,脳卒中発症のいずれのリスクとも有意な関連はみられなかった。
予後予測能については,SBPも含めたフルモデルにVIM,MMD,またはARVを加えた場合のR2統計量の増加は0.01%未満~0.27%にとどまった。


◇ 結論
標準偏差(SD)を用いて解析した血圧変動性が死亡を予測することが知られているが,SDは血圧値の影響を受ける。そこで,家庭血圧値に基づいて算出した血圧変動性の各指標と,死亡および心血管イベント発症リスクとの関連について,新しい指標である「平均値とは独立した変動性(VIM)」や「平均変動幅(ARV)」も用い,日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究による検討を行った。12年間(中央値)の追跡の結果,VIMとARVはいずれも血圧とは独立した全死亡および心血管疾患死亡リスクの有意な予測因子であったが,脳卒中発症リスクとの関連はみられなかった。さらに,血圧値を含めた多変量モデルに血圧変動性の各指標を加えた場合の予後予測能の改善度は,いずれの指標を用いた場合も小さかった。以上の結果より,家庭血圧値に基づいて算出した血圧変動性の各指標は,血圧値による予後予測能の改善をもたらすものではなく,臨床的な意義は大きくないことが示唆された。臨床現場では,適切な介入によりコントロール可能な,血圧およびその他の主要な危険因子を重視すべきと考えられる。


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