[八尾市循環器健診50周年記念式典] 八尾市の脳卒中・心疾患予防対策の50年とこれから

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大阪府八尾市では,1962年より,現在の大阪がん循環器病予防センター循環器病予防部門(当時: 大阪府立成人病センター集団検診第一部,2001年〜2012年: 大阪府立健康科学センター)や大阪大学の協力を得ながら循環器疾患予防対策が実施されている。その柱である循環器健診は,1964年に開始され,2013年で50周年を迎えた。これを祝して,2013年10月7日(月),八尾市商工会議所大ホールにて50周年記念式典が開催された。

ここでは,小町喜男氏(筑波大学名誉教授)による基調講演,ならびに研究者・住民・市の代表によるシンポジウムの内容を,当日の様子とともに紹介し,健診に長く携わってきた磯博康氏(大阪大学)と北村明彦氏(大阪がん循環器病予防センター)に式典を終えての感想をうかがった。また,八尾市で循環器診療に従事する星田四朗氏(八尾市立病院)に,臨床現場で感じていることをうかがった。


左: 八尾市役所。右: 式辞を述べる八尾市長・田中誠太氏。会場には多くの住民もつめかけた。


■ 目 次 ■  * タイトルをクリックすると,各項目にジャンプします
 
1. 基調講演「地域の人々とともに —脳卒中,心臓病予防の50年—」
小町喜男氏 小町喜男氏(筑波大学名誉教授)
2. シンポジウム「八尾市のこれからの健康づくり —循環器病対策の成果をふまえて,健康を次世代につなぐ—」


<会場インタビュー>
住民の方々が主体的に活動するということの意義
磯 博康氏 磯 博康氏(大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室 教授)
地域の「トータルの健康」をこれからも高めていくために
北村明彦氏 北村明彦氏(大阪がん循環器病予防センター 副所長)

<地域の医師に聞く>
八尾市の臨床現場から:「発症しなかった」という長期的なデータは非常に大切
星田四朗氏 星田四朗氏(八尾市立病院 副院長)
1. 基調講演「地域の人々とともに —脳卒中,心臓病予防の50年—」

演者: 小町喜男氏(筑波大学名誉教授)

小町喜男氏

八尾市循環器健診が開始されるまで

 1960年代,脳卒中は大阪でも40代~60代の働きざかり世代に多発しており,とくに重篤な脳出血発作によって数日のうちに死亡する,あるいは片麻痺が残るなどして大きな問題となっていたことから,脳卒中の予防対策が急務となっていた。

 先輩医師に「治療をしてもなかなか治らないのに,脳卒中の予防なんてできるわけがない」と再三いわれながらも,小町氏は「欧米では日本ほど脳卒中は多くない。同じ人間なのだから,日本でも他の国と同じレベルにまで脳卒中を減らすことができるはず」という信念を胸に,脳卒中の予防方法を模索。心疾患よりも脳卒中のほうがはるかに多く,総コレステロール値もあまり高くない日本人では,欧米とは異なる対策が必要と考えるようになったという。

 こうした背景から,増加し続ける脳卒中への対策に苦慮していた八尾市において,まずは住民の血圧,総コレステロール値,栄養や労働の状況などを詳細に調査するため,1964年,最初のモデル地区である曙川(あけがわ)地区で第1回循環器健診が実施された。翌年には南高安(みなみたかやす)地区もモデル地区に加わり,要管理者に対する継続的な健診や,受診勧奨,生活指導を含む脳卒中予防対策とともに,脳卒中と虚血性心疾患の発症調査も開始された(詳細は,八尾市の循環器健診50年のあゆみ<クリックすると別ウィンドウが開きます>を参照)。

住民組織の発足

 その後,徐々に全市的な循環器疾患予防対策が求められるようになってきたことから,1975年には,モデル地区以外でも住民自らが「成人病予防会」を結成し,健診・管理活動を進めていく体制がスタート。会員の申込みは,各地区の自治振興委員会や老人会,婦人会などを母体とした10人以上のグループ単位であった。行政や健診機関がいくら予防対策の重要性を説いても,住民自身が実際に「やろう」と思わなければ,なかなか実際の行動や成果には結びつかない。この成人病予防会による健診・管理体制の大きな特徴は,住民自らが主体となって計画・立案・呼びかけ・運営を行っていることであり,行政や健診機関はあくまでそれをサポートする立場にすぎない。これは全国でみても非常にまれな取組みといえる。

成人病予防対策の成果と今後

 これらの予防対策の効果はめざましく,脳卒中発症率と死亡率はともに1/3以下に激減。寝たきりの人も減り,八尾市の医療費は隣接市にくらべて大幅に削減された。予防対策を行うことによって健康に活動できる状態が長く続き,寿命も延びるとわかったことで,住民の予防対策への意識もさらに高まったといえる。

 50年のあいだには,国の保険制度改革や地域医療政策の転換,また大阪府の財政難からの組織改編による影響も少なからずあったが,それまでの健診・予防対策の体制をなるべく維持し,継続するために関係者が努力してきた。小町氏は「われわれの後を継ぐ若い世代のスタッフには,脈々と続く八尾市循環器健診の歴史を胸に刻み,これからも地域保健医療のために尽力してほしい」と結んだ。

2. シンポジウム「八尾市のこれからの健康づくり —循環器病対策の成果をふまえて,健康を次世代につなぐ—」
シンポジスト(写真左より):
  木山昌彦氏 (大阪がん循環器病予防センター 循環器病予防健診部長)
  磯 博康氏 (大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室 教授)
  乾 清次氏 (南高安地区成人病予防会 顧問)
  北島敬子氏 (南高安地区成人病予防会健康教室OB会 会長)
  北村明彦氏 (大阪がん循環器病予防センター 副所長)
  辻 京子氏 (八尾市健康福祉部保険推進課 参事)

住民が主体となった八尾市南高安地区の健康づくり活動

 八尾市循環器健診の50年間のなかで重要な役割を担っている,住民による「成人病予防会」の制度は1975年に発足し,その翌年には南高安地区における成人病予防会が結成された。当時の印象的なエピソードとして,北島敬子氏は「まだ小さなお子さんのいる若い方が脳卒中で倒れられたことがあった。体に麻痺が残ってしまい,なんとか治したいという思いから,夜中,一人で重いタイヤを体にくくりつけて,足に血がにじむまで歩く練習を繰り返された」と話し,その後,麻痺が改善した患者が予防会に入会し,「僕もこんなによくなりました。一緒にどうですか」と周囲に参加を呼びかける姿が印象に残っていると語った。
 また,2012年度の成人病予防会長を務めた乾清次氏は,予防会の事業のなかでももっとも重要な健診の運営について詳しく紹介。1月末から実施される健診の準備は前年10月の健診説明会に始まり,健診会場の設定・会場設営・撤去,健診当日のサポート,3月に行われる健診結果説明会に至るまで綿密な計画のうえに実施することを説明し,「地域の方々のご理解,ご協力,教えがなければこの事業は決して成り立たない」と感謝の意を表した。

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左: 南高安小学校の体育館を借りて行われる健診結果説明会の様子。
右: 健診会場での採血と中心血圧測定の様子。エプロンを着けているのがOB会のスタッフ。

八尾市における生活習慣病予防対策の成果

 次に北村明彦氏が,生活習慣病予防対策の成果について紹介した。八尾市の循環器健診の出発点は脳卒中予防であり,そのために血圧値やコレステロール値のごくわずかな変化も正確にとらえるべく精度の高い検査方法が確立され,50年間にわたって実施されてきた。さらに成人病予防会やOB会といった住民組織による受診勧奨,生活習慣改善のための勉強会や健康教室などの熱心な活動もあり,モデル地区である南高安では以下のような成果が得られている。

  • 成人病予防会会員は,非会員にくらべて脳卒中発症率が約4割低い
  • 成人病予防会が結成されてから現在まで,南高安地区の脳卒中発症率は男性で約1/3,女性で約1/4に減少
  • 南高安地区では八尾市全体にくらべて健診受診率が高い
  • 南高安地区では八尾市全体にくらべて高血圧および糖尿病の人の割合が少なく,医療費も少ない

 このような成果は八尾市全体にも波及しており,八尾市は隣接市にくらべて脳卒中発症率が約3割低いことが示されている。さらに,隣接市にくらべて脳卒中患者の医療費で約2億2千万円,全入院医療費で約9億円という大幅な抑制が達成されている。

時代とともに新しい課題も

 一方で,糖代謝異常や糖尿病,塩分のとりすぎや間食,非メタボリックシンドロームの高リスク者,認知症,ロコモティブシンドロームなどの課題も出てきており,これらの背景にある社会情勢の変化や生活環境,生活習慣の変化についても注視していく必要があると考えられる。また,脳卒中による入院者数などをみると,八尾市における脳卒中はいまだ脅威といえる。北村氏は,「われわれは今後も,これまで築いてきた八尾モデルとも呼べるこの体制を維持し,健診の専門機関として大阪大学とも協同して新たな健康課題への対処方法を検討しながら,それを八尾市や大阪府の政策に反映させる試みを今後も引き続き行い,さらに発展させていきたい」と話した。

健康づくり活動のこれからの展開

 八尾市の立場から,生活習慣病予防対策のこれからの展開について述べたのは辻京子氏。曙川東地区と久宝寺(きゅうほうじ)地区の地域活動の具体例を紹介し,今後も引き続き市民とともに地域の実情にあわせた健康づくり活動を行っていくこと,ならびに,そのために健診説明会・健康相談会,より充実した健康教育などを通して全市的な健診受診率の向上や医療費の適正化につなげたい考えを示した。

みんなの健康をみんなで守る

 磯博康氏は大学の立場から発言。八尾市の生活習慣病予防対策では,住民組織が中心となって活躍し,それを行政がサポートし,さらに大阪大学や大阪がん循環器病予防センターが公衆衛生の専門家として助言や支援を行うという三者の協力体制により,地域の脳卒中を1/3~1/4にまで減らすという大きな成果を成し遂げた。磯氏は「八尾市の特色ある健康づくり活動の真髄は,何よりもこの住民主体ということにある。今後は新しい健康課題も出てくるが,われわれも引き続き八尾市のみなさんの努力や熱意に応え,これまで以上に地域の健康づくり活動に参加し,また研究を発展させることで,その結果を地域に還元していきたい」とした。また木山昌彦氏は,「自分の健康は自分で守るというのはよくきくが,八尾市の場合は『みんなの健康をみんなで守る』ことができている」と結んだ。

<会場インタビュー>
住民の方々が主体的に活動するということの意義
磯 博康氏

磯 博康氏(大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室 教授)

 八尾市の循環器健診・生活習慣病予防対策の50年間は,成人病予防会や健康教室OB会という住民組織を抜きには語れません。もちろん行政も大切な役割を果たしているのですが,市町村合併や法改正など,そのときどきの社会的・経済的な変化に左右されてしまうこともあります。その点で,地域にずっと住んでいる住民の方々が中心となって主体的に活動するということの意義は非常に大きく,八尾市での取り組みがこうして今日まで続いているというのは本当にすばらしいことです。

 今後の課題の一つは若い世代の参加ですが,地域のネットワークを介して,助け合いやボランティア精神を少しずつ育てていくことは可能だと思います。これまで住民の方々が築き上げてきた地域ぐるみの予防の体制をリレーのように次の世代に渡していくために,われわれも引き続き,健診や予防対策の現場への協力を行っていきたいと考えています。



地域の「トータルの健康」をこれからも高めていくために
北村明彦氏

北村明彦氏(大阪がん循環器病予防センター 副所長)

 八尾市の循環器健診に関わって30年近く,50年間の歴史の半分以上をみてきたことになりますが,やはりここまで長かったという思いがあります。そのなかで,住民の方々による成人病予防会・健康教室OB会の活動は,世代間で引き継がれながら脈々と続けられてきました。「医師や保健師にいわれたからやる」というのではなく,同じ立場の住民同士が集い,経験や感想を話し合ったり,情報を共有したりしながら自ら地域の健康を考えるというあり方は,非常に大切なことではないかと思います。

 次の課題として,こうした生活習慣病予防対策を存続させていくために若い世代を育てていくことがあります。最近はよく地域の交流が少なくなっているといわれますが,八尾市では祭りなど季節の行事を青年団が主導する風習が残っており,決して地域のつながりが失われているとは感じません。

 また,新しい健康課題として,高齢者では認知症やロコモティブシンドローム,若い世代では食生活や肥満がありますが,直接的な対策だけでなく,問題の根底に何があるのかを見極めることも重要です。最近,駅の近くにできた大規模ショッピングモールに行ってみましたが,巨大なフードコートや,出来合いの惣菜のバラエティの豊かさに驚きました。こうした社会環境や生活スタイルの変化についても,健診で詳しく調査してタイムリーに把握したいと考えています。このように,新しい問題を含めて住民の方々の「トータルの健康」をこれまで以上に高めていくために,健診・研究の専門機関として,これからも努力を続けていきます。



<地域の医師に聞く>
八尾市の臨床現場から:「発症しなかった」という長期的なデータは非常に大切
星田四朗氏

星田四朗氏(八尾市立病院 副院長)

 私は八尾市で冠動脈疾患(CHD)を中心とした循環器疾患の診療を行っています。CIRCS研究八尾コホートでのCHD発症率の推移をみると,論文にもなっている2003年までのデータでは有意な増加傾向がみられたものの(文献へ),北村明彦先生によると,その後は,現時点での解析結果をみる限りは横ばいで,著明な増加には至っていないようです(注:未発表データ)。これは,われわれ臨床医の感触ともおおむね一致するところです。また,八尾市の健診・健康づくり活動,そして臨床現場での種々の危険因子への対応や治療技術の進歩などが,少なくとも一定の効果をあげていると考えられます。

 CHDは脳卒中にくらべて発症する年齢が40〜60歳代と低いのが特徴です。働き盛り世代の人が忙しくて健診を受けなかったり,血圧が高くても放置していたり,薬を出されても飲まなかったりする傾向は大変気がかりです。また,さまざまな疫学データから耐糖能異常,若い世代での肥満,脂質異常症といった代謝系危険因子の増加が指摘されていますが,当院の受診者でも同様です。

 通院中の患者では,生活習慣を変えるだけで血圧や脂質値が改善できる人はなかなかいません。そのようななかでも,医療者としては,なんとか一人ひとりが心血管イベントを起こさないようにしたい。しかし,「発症した」事実はすぐにわかりますが,「発症しなかった」という事実は長年追跡して初めてわかることであり,自分たちが行っている日々の治療がほんとうにイベント抑制に効果があったかどうかというのは,臨床現場からは評価しにくい面があります。したがって,長期的な発症のトレンドを示してくれる疫学データはわれわれ臨床医にとって非常に大切なものなのです。

 BNPなど,日々の診療で用いているマーカーと長期的な予後との関連には大変興味があります。さらには,もし思ってもみなかったような新しい危険因子が今後明らかになれば,いわゆる残存リスクが低減し,これまでどうしても減らすことのできなかった一部のCHDも予防できるようになるかもしれません。

 臨床研究にくらべ,疫学研究はデータの収集に労力や時間がかかるなど大変なことも多く,八尾市の循環器健診のような試みが50年間も続けられてきたというのは本当に尊いことだと思います。これからもぜひ,幅広い視点からさまざまな検討を行っていただきたいと心より期待しています。




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