[井川町健診レポート] 現場インタビュー

秋田県井川町の循環器疾患対策は,当時の大阪府立成人病センター集団検診第一部(現・大阪府立健康科学センター)との連携によって1963年に開始され,来年(2012年)で50周年の節目を迎える。井川町の住民健診は,町民の健康を支える一方で,日本の循環器疫学研究をリードしてきたCIRCS(Circulatory Risk in Communities Study)の一翼も担っている。(CIRCSへ

毎年行われる健診の際には,大阪府立健康科学センター,大阪大学,筑波大学,愛媛大学のスタッフによる“健診チーム”が井川町に駆けつける。2011年の井川町の健診は,6月15日(水)から23日(木)にかけて,井川町農村環境改善センターで行われた。ここでは,6月18日(土)の健診の合間に,井川町の職員の方や保健師さん,“健診チーム”の先生方にインタビューした内容を紹介する。

住民一人一人の顔が見えるやりがい
湊 百合子 氏
湊 百合子 氏 (秋田県井川町 町民課 保健師)
湊氏は井川町に2人いる保健師の1人で,健診では,聞きとり調査や全体的な指揮を担当している。健診の合間にお話をうかがった。
井川町の循環器健診の受診率は6割程度,よいときは7割くらいになります。この健診は特定健診も兼ねていますが,職場で特定健診をすでに受けている方であっても受診が可能です。循環器健診については住民の方の費用負担はありませんが,必要に応じて同時に実施される胸部総合検診や肝炎,がん検診などでは,一部自己負担が発生します。

井川町の脳卒中の発症者数は,循環器健診が開始されてから,大きく減少しました。高血圧についても,健診によって軽症の状態で見つかる方が多くなったため,より早期に治療を開始することができています。また,ここは塩分摂取量の多い地域ですが,健診などの機会に栄養指導を実施していますので,減塩の意識は住民の方のあいだに広まっていると思います。

健診を外部に委託している他の自治体とは異なり,井川町の保健師としての仕事には,健診前のこまごまとした準備も含まれます。大変だと思うこともありますが,健診にいらっしゃる方のお顔はわかるようになりますし,こちらのことも覚えていただき,密度の濃い関係を築くことができます。対住民サービスという点や,このような意義深い健診を今後につなげていく役割を考えると,やりがいがあります。

健診会場

山と積まれた採血用のシリンジ,チューブ,絆創膏などの器具(左)。健診会場の入り口には,随時,最新の受診者数が張り出される(右)。2011年度健診の4日目である6月18日(土)午前中までの累積受診者数は751人。最終的には8日間で約1600人が受診した。
行政,住民,研究者が一体となって「みんなでやろうや」
伊藤 弥志長 氏
伊藤 弥志長(やしなが) 氏 (秋田県井川町 町民課 課長)
伊藤氏は井川町の町民課課長で,健診中は随時,会場をまわっている。大阪府立健康科学センターとの協力体制のもとでの健診について,町の視点からのお話をうかがった。
研究が開始された当時の井川村では,脳卒中で多くの壮年期の方が倒れ,人々は脳卒中になることを「あたる」といって恐れていました。これには,「脳卒中は避けようがない」という当時の人々の心情がこめられていますが,当時の村の職員は,この深刻な事態をなんとかしなければと考えていました。住民もみな危機感をもっていたことから,「みんなでやろうや」という気運があったのです。昭和38年当時,小町喜男先生(筑波大学名誉教授,大阪府立健康科学センター顧問)にお願いし,大阪府立成人病センターの集団健診部(現・大阪府立健康科学センター)と一体となっての循環器健診が始まりました。

循環器健診の予算は井川町が出しており,全面的なバックアップ体制ができています。約2年前には健診項目などの関係で予算を300万円ほど増やし,合計で約2200万円程度となりました。「健診に必要な費用ならば」と,町議会の理解も得られています。

非常に長く続いてきた健診ですが,町民の方は,CIRCSの研究のことや,研究の結果が日本の健康政策にも影響を与えているといったことまでは,あまりご存じないかもしれません。ただ実態として,みなさんの健康への意識は非常に高いと感じます。とくに血圧については,自分の値がいくらか,正常値はいくらか,そして血圧が少し高かったら何に気をつければいいのかといったことをきちんと理解されている方がほとんどです。毎年の健診で,先生たちと向かい合っていろいろと教えていただくなかで,自然と理解し,そして身についているのだと思います。

井川町役場

井川町役場(左)に掲示されていた6月1日現在の人口は5501人(右)。秋田県の他の市町村と同様に,人口は長期的な減少傾向にある。「昔は農業を営む若者がほとんどでしたが,現在は事業所勤務者も増え,井川町は秋田市のベッドタウンになりつつあります」と伊藤氏。
内容の充実した健診を継続して行いたい
北村 明彦氏
北村 明彦 氏 (大阪府立健康科学センター 副所長)
北村氏は“健診チーム”の責任者をつとめるが,自身も医師の一人として診察を行い,また専門医として精密検査結果の判定も行う。長い歴史をもつ井川町の健診の課題と今後について,受診者でひしめく健診会場であらためてお話をうかがった。
井川町の健診は,来年(2012年)で50周年を迎えます。50年間にわたって毎年,このような集団検診を継続して行ってきたというのは,やはり非常に価値のあることだと思います。しかし,最近は新たな課題も出てきました。

たとえば,2008年の医療制度改革の影響があります。CIRCSのコホート(参照)のうち,井川町と大阪府八尾市では引き続き,国民健康保険加入者以外の人も対象として健診を行っていくことで合意していますが,茨城県筑西市協和地区では,医療制度改革と市町村合併の両方の影響を受け,受診者の層が大きく変わるなどの変化を迎えています。地域との協力のうえに成り立っている疫学コホート研究ならではの問題といえるでしょう。

ご紹介したように,井川町の循環器健診では,基本的な項目だけでなく,生活習慣・ストレスのチェックや心電図検査,眼底検査,その他種々の精密検査を含めたさまざまな角度から全身の状態をチェックしていることが特色です。特定健診では総コレステロールや血清クレアチニンなど,これまで健診などで広く実施されていたにもかかわらず廃止されてしまった項目がありますが,われわれの健診ではこれらの項目も引き続き実施していきます。

50年の節目を迎える来年以降も,内容の充実した健診であることを住民の方々にピーアールして受診を促し,地域の健康管理と,循環器疾患予防のための健診と研究を続けていきたいと思っています。

蓄積したコレステロール値の正確さに対する自負
中村 雅一 氏
中村 雅一氏 (大阪府立健康科学センター CDC/CRMLN脂質基準分析室)
中村氏は血清脂質の測定を担当。健診会場では採血管を遠心分離器にかけて血清を分離・分注し,大阪府立健康科学センターへ発送する作業を黙々と担当されていた。作業の合間にお話をうかがった。
CIRCSの健診で採取された血液検体は,すべて大阪府立健康科学センターに送られます。脂質の測定に関しては,米国疾病予防管理センター(CDC)/脂質基準分析室ネットワーク(CRMLN)の国際脂質標準化プログラムによる標準化を行っています。

標準化の実際のプロセスとしては,まずいろいろな濃度の血清を用意し,測定機関と基準分析室(大阪府立健康科学センター)のそれぞれでコレステロール値を測定します。その後,測定機関が出した値が,基準分析室で測定した「正しい値」からどのくらいずれているかを判断するのです。ずれが判定基準の範囲内であれば合格,基準より大きければ不合格です。この認証試験を定期的に行うことで,「この機関で測ったコレステロール値の精度は高い」ということが国際的に保証されるというわけです。

標準化を行っているスタディ同士であれば,データを直接比較することが可能になります。有名なフラミンガム心臓研究でもCDCによるコレステロール測定の標準化を行っていますから,井川町のコレステロール値とフラミンガムのコレステロール値は,そのまま一対一で比較できるのです。

私は約40年間,この健診に携わっていますが,井川町住民のコレステロールの値は,じりじりと上昇し続けています。健診が始まって以来,測定法はいろいろ変わりましたし,測定する人も変わりましたが,データの正確性は変わっていません。われわれが測定したコレステロール値が上がっているのであれば,「住民の方のコレステロール値は上がっている」と断言できるのです。疾患の予防対策をたてるときには,このような疫学データがよりどころとなるわけですから,その精度が高いかどうかというのはとても重要なことです。

参考文献: 中村雅一(企画). 脂質測定値の標準化と精度維持. 薬の知識. 2004; 55(8): 2-16.
「人づきあい」や「笑い」と循環器疾患
大平 哲也 氏
大平 哲也 氏 (大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座 公衆衛生学)
大阪大学准教授の大平氏は心療内科出身で,血圧や脂質だけでなく心理的ストレスの影響などの研究も行っている。健診での調査の実際や,これから検討を予定しているテーマについてお話をうかがった。
ストレスについては,現在,「心理的なもの」「社会的なもの」の両方の側面から検討を進めています。たとえば,今年から,社会的サポートに関する項目を健診の質問票に加えました。社会的なサポートというのは,具体的には人づきあいのネットワークのことで,「困ったときに相談にのってくれる人がいるか」「個人的な相談ができる親しい友人は何人いるか」といったことを聞きとり調査でたずねます。というのも,そうしたネットワークが少ないことが,将来の認知症のリスクになる可能性があるからです。

欧米では,社会的ネットワークと循環器疾患との関連もすでに示されており,人づきあいが多いほど脳卒中や循環器疾患死亡リスクが少ないというデータが出ています。日本でも,われわれのグループから,少量のお酒は脳卒中になりにくくしますが,人づきあいの多い人ではその効果がとくに大きくなるという結果を発表しています。ただ,こうした社会的な要因がどれだけ疾患リスクや予後に影響しているか,まだわかっていない部分も多くあります。既知の循環器疾患の危険因子とあわせて検討し,実際の予防活動にもつなげていくことで,住民の方の健康をトータルで考えたいと思っています。

心理的・社会的な検討というと,どうしてもストレスやうつなどのネガティブな因子のことだと考えられがちですが,われわれの研究の特徴は,ポジティブな因子にも着目していることです。その一つが「笑い」で,聞きとり調査の際に,「普段の生活で,声を出して笑う機会はどのくらいありますか」などとたずねています。大変興味深いことに,1年間の追跡の結果,笑う頻度が少ない人は認知機能低下の割合が高いことが示されました。また,さらに一歩進めた研究として,「笑いヨガ」という体操を使った介入研究も行っており,断面解析では笑いと血圧低下との関連がみられています。このように,同じ健康を目指すのでも,つらい思いばかりするのではなく,どうやったらよくなるかをポジティブに考えて,なるべく楽しみながら健康になれればなによりではないかと思います。

私は最初から疫学の道に進んだわけではなく,もともとは心療内科でした。そのなかで「ストレスはほんとうに病気の原因になるのか?」という疑問をもったことや,病院で実際に心筋梗塞や脳卒中の方をみて,このような病気を予防するためにはやはり患者さんに病気を知っていただく必要があると考えたことから,地域医療に興味をもつようになりました。疫学研究を行ううえで,異なる分野の人が集まるのはとてもおもしろいことだと思います。今後,さらに意外な因子と循環器疾患とのつながりが見つかるかもしれません。

健康なうちに地域住民へのアプローチをしたい
山岸 良匡氏
山岸 良匡(かずまさ) 氏 (筑波大学大学院人間総合科学研究科 生命システム医学専攻 社会健康医学分野)
筑波大学講師の山岸氏はおもに診察を担当。CIRCSの茨城県筑西市協和地区コホートの健診にも携わっている。健診で有用と考えられる検査や,井川と協和の比較などについてお話をうかがった。
健診の対象者は,基本的に健康な地域住民の方々です。したがって,新しいバイオマーカーをとりいれようとするときは,やはり,それを測定することで「10〜20年後の長期的なリスクを予測できる」可能性とともに,「生活習慣の改善や受療行動のきっかけになる」など,受診者本人にとって役に立つことが大切です。多くの人に検査を行うので,手順が複雑だったり,費用が高かったりするものはそぐわないという実情もあります。井川町では,高齢化にともなって問題となる心不全を早期発見できればと考えて,昨年からN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)をとりいれています。また,心電図や眼底検査は,長年行っている検査ですが,その有用性はとても高いといえます。いずれも特定健診では全員に行わなくなってしまいましたが,ここでは検査を継続しています。

茨城県筑西市協和地区と井川町で異なっていると感じることの一つは,塩分の摂り方です。秋田ではもともとの味付けが濃いと感じることがあるのですが,茨城を含む関東地方の人は,味がついているものにさらに醤油やソースをかけてしまうことが多いのです。茨城は首都圏のイメージがありますが,広い平野に人が散らばって住んでいることも特徴の一つで,医師や医療機関の数は人口に対してかなり少ないのです。また,茨城県は脳卒中も多いのですが,心筋梗塞死亡率も全国的にみて高く,都会的な部分と農村的な部分をあわせもつような地域であり,それに特化した予防対策を行う必要があると感じています。

私が予防医学の道に進んだきっかけは,医学部に入るころに,「病気を発症する前の健康な人にアプローチして,病気にならないようにできないか」と考えていたことでした。それで筑波大学の地域医療学の教室に入り,集団に対する予防対策の大切さを実感するようになったのです。最初は健診といってもぴんとこなかったのですが,井川町の健診のように何週間も現地に泊まり込み,ときどき顔見知りの住民の方にもお会いしたりしながら診療に携わるのは,大学での研究とはまた全然違った雰囲気で,楽しいものです。



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