[インタビュー] 予防と医療をつなげ,地域全体で疾患を減らす努力を

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磯 博康氏 磯 博康
(大阪大学大学院医学系研究科
社会環境医学講座 公衆衛生学
教授)
北村 明彦氏 北村 明彦
(大阪府立健康科学センター
副所長)

秋田,大阪,茨城,高知のコホート研究であるCIRCSは,1963年に開始されて以来,健診体制の確立,複数の地域における疾患発症率や危険因子の調査,研究で得られた成果を地域に還元して治療や予防につなげる枠組みづくりなど,さまざまな試みを通して日本の循環器疫学研究をリードしてきた。研究を主導する大阪大学の磯博康氏と大阪府立健康科学センターの北村明彦氏に,研究の概要,および秋田県井川町での健診を中心に話をうかがった。
(インタビュー: 2011年6月)

当時の精密検査をはじめて健診にとりいれた

―まず,CIRCSの始まった経緯について簡単にご紹介いただけますか。

北村: CIRCSに含まれるコホートは全部で5つ(参照)ですが,研究が開始されたきっかけは秋田と大阪にあります。

 1950年代末,結核にかわって脳卒中,心臓病,がんなどの成人病が新たな問題となり,1959年,全国に先駆けて,大阪府立成人病センターが成人病対策の拠点として設立されました。センターには循環器部門と癌部門が設けられ,循環器部門の初代のリーダーとなったのが小町喜男先生(大阪府立健康科学センター顧問・筑波大学名誉教授)です。小町先生は,当時,病院で精密検査として実施されていた心電図検査や眼底検査,血清コレステロール測定などを,健診でも実施できる体制を一からつくりあげられました。これが現在の大阪府立健康科学センターの母体である大阪府立成人病センター集団検診第一部の活動の原点です。

 一方,当時の秋田県では,壮年期の脳卒中が多発し,大きな問題となっていました。そこで,当時の秋田県井川村の鷲谷嘉兵衛村長と,井川村を所轄する五城目保健所の今村久吉郎所長が,秋田県衛生科学研究所の児島三郎氏と小町先生に,脳卒中の原因究明と予防対策を依頼されたそうです。このため,成人病センターの集団検診第一部から,健診部隊が井川村の疫学調査に出かけるようになりました。

 井川とほぼ同時期に,大阪府八尾市でも同様の疫学調査が始まりました。またその後,1970~80年代に,秋田県由利本荘市石沢地区コホート,高知県野市町コホート,茨城県協和町コホートが加わり,最近,CIRCSというスタディ名がつけられました。

都市部と農村部の比較も目的の一つ

―研究の大きな目的として,まず脳卒中の予防ということがあったのですね。

磯: そうですね。また,井川と大阪,すなわち農村部と都市部の比較を行うことも当初の目的の一つでした。発症頻度を調べてみると,脳卒中は農村部で多く,都市部で少ない。逆に心筋梗塞は,都市部で多く,農村部では少なかったのです。このように,日本のなかでも地域によって循環器の病像が異なっているのはなぜだろうと考えたのが最初です。

 血圧を調べてみると,農村部のほうが都市部にくらべて圧倒的に高く,総コレステロールは逆に非常に低いことがわかりました。ここから,総コレステロール値が低すぎると脳卒中,とくに脳出血のリスクが増加するのではないかという仮説を提唱し,その検証を行ったのです。このように都市部と農村部の比較ができることは,単独のコホート研究にはないCIRCSの特徴の一つだと思います。

北村: 研究開始当初は,井川の総コレステロール値は平均値で大阪より約30 mg/dLも低い状況でした。現在は,井川のほうで増加傾向が続いており,男性では2000年代前半で約200 mg/dLと,大阪との差は10 mg/dL程度に縮まっています。ライフスタイルの変化もあり,これからさらに増加する可能性もありますが,井川のコレステロール値は,集団レベルでは今くらいが適当ではないかと思います。

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秋田県・井川町役場の周りには田植え直後の水田が広がっていた

―おもな成果,とくにCIRCSならではのものがあれば教えてください。

磯: CIRCSのメルクマールとなる論文は脂質関係が多いのですが,まず初期の成果として,総コレステロール低値と脳出血発症との関連を示したものがありますpubmed。また,欧米ではすでに指摘されていましたが,HDL-C値が高いと心筋梗塞リスクが低いということを,日本人ではじめて示しました(抄録1)。これらはCIRCSの代表的な論文といってよいと思います。その後,トリグリセリドと心筋梗塞発症リスクが有意に関連することを報告しました(抄録2)。このときは非空腹時採血が約8割であったことを付け加えておきます。

 血圧についても継続的に論文を発表していますが,特徴的なものとして,最近,脳卒中に対する高血圧の寄与度について検討した結果を発表しました(抄録3)。25年前は,中等症以上の高血圧の人口寄与危険度が非常に大きかったのですが,これらの寄与度は経時的にだんだん低下しており,最近では軽症高血圧の人口寄与危険度がもっとも大きいということを示しました。長期間にわたって高血圧の影響の変化をみた,ユニークな研究といえます。

 血糖値の測定は1970年代から開始しており,糖尿病が脳梗塞の危険因子になるということを2004年に発表しました(抄録4)。ほかにも,アルコール摂取と脳卒中(抄録5 抄録6),メタボリックシンドロームに関する検討(抄録7 抄録8)や,新しいリスクファクターの候補としてホモシステイン(抄録9),リノール酸(抄録10)などに関する結果を報告しています。フィブリノーゲンと脳出血との関連を示したのも,日本でははじめてです(抄録11)。

 また,発症率の変化に関する検討もあります。CIRCSでは,集団健診の受診者を対象として,毎年の発症調査により悉皆的に発症率をとらえていく,いわゆるダイナミックコホートの手法をとっていることも強みの一つで,その地域で実際に脳卒中や心筋梗塞の発症率がどう推移しているかをとらえることが可能となります。心筋梗塞発症率が,大阪の事業所勤務男性(抄録12)や大阪の一般住民男性(抄録13)で増加していることを示した報告は,都市部における心筋梗塞の増加に警鐘を鳴らす非常に貴重なデータと考えられます。

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井川町にある日本国花苑のバラ園

日本人の変化を反映しているという自負

―CIRCSの手法の特色を教えてください。

北村: 井川町の健診は来年で50回目を迎えます。これだけの期間にわたって追跡を行い,危険因子や発症率の長期的な傾向を観察することができるというのは,CIRCSの大きな特徴です。

 とくにコレステロール値については,50年間のデータを蓄積しているということに加え,米国疾病予防管理センター(CDC)が中心となっている脂質基準分析室ネットワーク(CRMLN)の脂質標準化プログラムによる測定の標準化を行っており,国際的に保証された精度を保っています。血圧測定についても,研究開始当初から水銀血圧計を用いて,日本循環器管理研究協議会(日循協)が示している手技基準に従った測定を一貫して継続しています。このため,いずれも50年前から現在までのデータや,同じように標準化を行っている欧米のデータとも直接比較を行うことが可能です。

 このような精度管理は,疫学研究ではとくに重要なことです。経年的な変化をみるといっても,薬剤の介入研究のような,大幅な値の変動がみられるわけではないからです。正確なトレンドを把握するためには,食生活やその他の生活習慣の変化を反映した数mg/dL,数mmHgの差がきちんと検出できるような検査精度が必要なのです。

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健診会場の井川町農村環境改善センター。衝立や布で仕切った即席の診察室がつくられる

―そのように精度にこだわった手法だからこそ,わかったことというのはありますか。

北村: たとえば,総コレステロール値の経時的な変化に関して,国民健康・栄養調査とCIRCSとでは,みられる動向が異なっています。国民健康・栄養調査のデータでは,最近,総コレステロールの平均値は上げ止まりの状況です。ところがわれわれのデータでは,大阪でも秋田でも,平均値の上昇はまだ続いており,引き続き注意が必要であることが示唆されています。このような違いがみられる背景には,測定やサンプリングなど,調査手法の違いが影響していると考えられます。調査手法には一長一短があると思いますが,対象者の顔や生活が見える一定の集団を継続して調査したデータこそ,日本人の循環器疾患発症や危険因子の変化をより正確に反映しているはずだという自負はあります。

病院の検査機器を分解し,みんなで担いで秋田へ

―研究開始時から,当時の最新の技術を健診に取り入れたというお話がありました。そこでなにか苦労されたことなどはありますか。

北村: 遠方の地域に出かけていっての健診ですから,苦労はありました。私がこのグループに入った1985年頃以降でいうと,心エコーもその一つです。当時は健診用の機器はなかったので,大阪の病院で使っている,いまよりずっと大きなエコーの機械を分解し,健診会場まで持っていくのです。宅配便がまだないときでしたから,特注でつくった大きな“つづら”に分解した機械を入れて,それをみんなでえっちらおっちらと担ぎ,夜行の寝台列車で大阪から秋田に向かいました。秋田新幹線も,大阪・秋田間の飛行機もなかったころです。とても重かったのを覚えています。

磯: 心電図の機械も,昔はかなり大きいものでしたね。しかも,まだ3誘導や12誘導ではなく,1誘導のみ。測定ごとに誘導を切り替えるため,時間がかかりました。

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血液検体は,健診会場で
すぐに遠心分離し,
検査項目別に分注する

北村: 精密機械ですから,長旅でどこかが狂ってしまうこともあります。また,採取した血液検体をどうやって大阪まで運ぶかという課題もありました。検体は現場で遠心分離して,測定項目ごとに分注し,凍結させて大阪まで運ぶのですが,途中で溶けてしまってはいけませんから,ドライアイスをどっさり準備して完全に梱包します。

磯: 昔は,それをチッキ* で送っていました。

北村: 現在も,現場で分注と遠心分離をするのは昔とまったく同じですが(写真),大阪へは宅配便で送ります。HbA1c測定用の検体は翌日到着,それ以外の検体は翌々日に到着するように送り,即日の測定を行っています。

* チッキ: 鉄道旅客がその乗車券を使って送る手荷物。小口荷物輸送の一翼を担っていたが,宅配便サービスの普及にともない,1986年(昭和61年)には廃止された。

当時の脳卒中患者は,家の奥の暗い部屋に寝たきりにさせられていた

―発症率の調査はどのように行っていたのですか。

磯: 嶋本喬先生(大阪府立健康科学センター名誉所長・筑波大学名誉教授)からうかがった話ですが,研究開始当時は,冬に健診をやっていたのです。住民の方が出稼ぎから帰ってくるので受診率が高くなること,また,寒い時期は血圧が高くなりやすいため,その実態の把握と対策が重要であったということもありました。それで,健診期間が終わってからも健診部隊の一部がそのまま現地に残り,発症調査を行っていたのです。当時,井川には診療所が一つしかなく,周りに大きな病院もありませんでしたから,発症者が出たら保健師さんに案内してもらって患者さんの家まで行き,診察しました。当時は,脳卒中になった患者は奥座敷の暗い部屋にずっと寝たきりにさせておくような習慣がありましたから,関節ががちがちに拘縮してしまっている患者さんを診ることもよくあったそうです。そのころは交通事情もよくありませんでしたから,訪問にも時間がかかりました。町で1,2台しかなかった車に乗り,ときには吹雪で大変な目にあいながら,1日に2軒か3軒,まわれればよいほうだったようです。

―今はどのようにされているのでしょうか。

磯: 今でも町の診療所は一つですが,常勤医師が1人おり,救急が発生したときはある程度把握できますし,その場合は隣町の大きな病院に運ばれることがほとんどです。われわれは,死亡票や国民健康保険レセプト,町や診療所の情報をもとに発症者を把握して,許可を得たうえでカルテやCT画像などを拝見しています。現在は9割以上の症例でCTやMRIによる画像検査が行われていますから,昔にくらべて,とくに病型診断の精度は上がっています。とくに,以前は脳卒中といえば初回の発作から非常に重篤で,突然亡くなってしまうか,助かっても典型的な片麻痺が残るなど,「脳卒中以外は考えられない」というような症例がほとんどだったのですが,最近はそういった典型的な脳卒中は減り,軽度の発作で見つかるものが増加しているため,画像診断が重要になっています。

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井川町の田園風景

塩分が高く,野菜と魚が多く,肉が少ない井川の食事

―井川町の生活習慣で特徴的なことを教えてください。

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磯氏(左)と北村氏(右)

磯: 1960年代に行った24時間思い出し法による食事調査では,やはり大阪とはかなり異なる傾向がみとめられました。まず特筆すべきは食塩の摂取量で,当時の壮年男性は1日約20gときわめて高い値でした。食塩の摂取源として多かったのが,味噌,漬け物,醤油です。また,総摂取カロリーに対する脂質の割合は,大阪では20%以上でしたが,井川では約10%でした。井川では肉類の摂取量が低いこともわかりました。

北村: 最近は大型スーパーマーケットが井川町に進出し,ライフスタイルも多様化してきました。そこで,食生活の実態を調べるために,スーパーでどのようなものが売られているかを数年前に調査したことがあるのですが,井川の食生活の特徴は売り場にもあらわれていました。たとえば,大阪と違っていて驚いたのが,醤油と味噌のコーナーが大きく,品数も非常に多いことです。魚売り場も広いのですが,肉売り場はかなり狭いと感じました。

 また,われわれは健診のために約2週間,現地に滞在します。健診中に地元の料理を食べることがよくありますが,料理を一目みただけで「これは塩分が多いな」とわかります。へんな話ですが,ナトリウム利尿といいますか,喉が渇いてよく水を飲むので,気がつくとトイレの回数が増えています。それと,井川の男性はお酒もよく飲みます。これで血圧が上がるわけだと実感する部分がいろいろありますね。

予防と医療をつなげ,地域全体で疾患を減らす努力を続けていきたい

―井川町の肥満は増えていますか。

北村: 増えてきています。とくに中高年の女性の肥満が増加していますね。時代とともに農作業の内容がだいぶ変わってきていますし,生活が便利になったことで家の中の仕事も減っています。肥満だけでなく,糖尿病も増えています。ただ,井川町の肥満は,大阪とはすこし背景が異なっているように思うのです。井川町では移動に車を使うことがほとんどなので,都市部の人にくらべて仕事以外の身体活動量が少ないですし,社会・経済的な環境もかなり違います。

磯: 最近の新しい問題は,大型スーパーで売られている価格が安いものを買いだめする傾向がみられることです。その結果,ジュース,缶ビール,駄菓子,ケーキなどを食べる頻度と量がどうしても多くなってしまうのです。

北村: 研究者が地域に溶け込み,同じ生活環境のなかで調査して得られたデータを尊重するのがわれわれの研究の特色です。都市部と農村部との違いは,昔ほどではなくなってきているとはいえ,住民の方の実際の生活を自分たちの目で見ているからこそ,わかることもたくさんあります。問診では,普段どんな食事をしているか,職業は何かといった観点からも幅広くチェックを行うなど,単に検査の数値だけでなく,その背景にあるものも考え合わせながら,調査・研究につなげています。

―さいごに,今後の展望についてお聞かせください。

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健診会場風景

磯: 小町先生は,予防と医療をつなげるということに,強い信念を持ってこられました。ただ単に疫学研究を行うのではなく,それによってつくられた予防対策がさらに病気の治療と予防につながるようなモデルとして,井川町で積極的な高血圧管理を行い,地域住民の脳卒中を減少させました。この予防対策が,わが国における循環器疾患予防の原点であり,1972年の老人保健法の制定にいたる貴重なエビデンスとなりました。これは小町先生の最大の業績ではないかと思います。現在も,予防対策を礎とした自治体との連携が続いており,井川町以外のコホート対象地域でも,健診で高血圧などがあることがわかれば,地元の医師会に紹介し,すぐ治療を開始できるような体制ができています。

 予防と医療をうまく結びつけることで,農村地域の脳卒中をかなり減らすことができましたが,近年,脳梗塞,とくに高齢者の脳梗塞発症率は下げ止まりの状況です。また,脳卒中以外にも認知症などの問題が出てきています。さらに都市部では,欧米にくらべればまだ低いものの,壮年層の心筋梗塞が増加しています。研究開始当初とくらべて,疾病構造が複雑になり,対策も単純にはいかないと感じますが,この研究の原点を大切にしながら,これからもさまざまな検討を続けていきたいと考えています。

(次回は井川町での健診についてレポートします)
(CIRCSへ)


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