[インタビュー] 岩手ならではのさまざまなしくみを活用した2万6000人の単一地域コホート研究

岡山 明氏(公益財団法人結核予防会 第一健康相談所総合健診センター所長)

 岡山 明
 (公益財団法人結核予防会 第一健康相談所総合健診センター所長)
岩手県北地域コホート研究の立ち上げの中心となったのは,当時,岩手医科大学衛生学公衆衛生学講座の教授であった岡山明氏(現・公益財団法人結核予防会第一健康相談所総合健診センター所長)。研究開始の経緯や,従来のコホート研究とは異なる追跡調査の詳細などについてお話をうかがった。

女性の心筋梗塞の危険因子を検討できる規模のコホート

―まず,岩手県北地域コホート研究が始まった経緯について教えてください。

岡山: 研究の発端は,私が岩手医科大学に赴任した際,岩手の地が疫学調査に非常に適しているのではないかと感じたことです。とはいえ,2000年に入ったころでしたから,いまさら,従来と同じようなコホート研究を新たに立ち上げて長期間追跡することに意義はあるのだろうかという思いもあり,なにか他にはない新しい構想が必要だと考えていました。

 そこで,疫学研究でこれまで未解決であった課題,たとえば発症率が低いために解析が不可能だった,女性の心筋梗塞やくも膜下出血の危険因子について検討することを目標に掲げることにしたのです。これらを単独のコホートで検討し,約10年間の追跡で結果を出したいと考えると,約1万5000人の女性の参加が必要になる計算でした。

登録目標を2万人とした計画書へのコメントは,「できるはずがない」!

―すると,男女あわせて約3万人規模ということでしょうか。

岡山: 住民健診をベースとしたコホートの場合,どうしても女性の割合が3分の2から4分の3と高くなるため,この研究ではそこを逆手にとっています。つまり,全体で2万人くらいのコホートであれば,女性が1万5000人くらいを占めて条件を満たすと考えられるため,研究計画では登録人数の目標を2万人としました。

 ところが,研究費の申請のために基金に計画書を提出したところ,支給された研究立ち上げ資金はわずか100万円,評価委員会からはなんと,「できるはずがない」というコメントがつけられてきたのです。

 私は,「『できるはずがない』とはどういうことですか!」とすぐに抗議しました。そのかいあって資金は300万円くらいには増えたのですが,それでも2万人で割ると1人あたり150円。全員に質問票を郵送しただけで半分以上なくなり,人件費を入れたら確実に足が出てしまいます。つまり,普通の方法で研究を行うのはとても無理な状況でした。そこでどうしたかは,のちほどくわしくお話ししたいと思います。

―対象地域はどのように選ばれたのですか。

岡山: 信頼性の高い研究を行うために,いくつか条件を定めました。まずは人口の規模や移動が少ないという点から,2万人のサンプルサイズを確保できそうな地域であること。そして,しっかりした基幹病院をもつ地域であることと,気候や地形が異なる内陸部と沿岸部の両方を含むことです。これらを考慮して,岩手医科大学の関連病院の多い県北地域から,内陸にある二戸,沿岸にある久慈と宮古の3つの二次保健医療圏を対象地区に選びました。

(左)県立宮古病院,(右)県立久慈病院
(左)県立宮古病院,(右)県立久慈病院

人数が多いため,リアルタイムに病気の実像をとらえられる

―岩手県北地域コホート研究の特徴をお聞かせください。

岡山: まずはコホートの規模が大きいことです。人数が多ければイベント発症数も多くなるため,性別や年齢層などによる詳細な層別化解析や,疾患病型別の解析を行う際にも十分な検出力を発揮します。また,心筋梗塞のように発症率が低く,数千人のコホートでは10年以上もの追跡を要するエンドポイントであっても,県北地域コホートの規模であれば,より短い期間で必要なデータが得られます。さらに,疫学研究では追跡をしているあいだにも治療や検査技術が年々変化していきますが,短期間であればその影響を受けにくいと考えられます。したがって,県北地域コホート研究は,ほぼリアルタイムに疾患の疫学的な実態をとらえることのできる,感受性の高いコホートともいえるかもしれません。

―特徴的な検査項目などはありますか。

岡山: 通常の住民健診の項目に加えて,直接測定法によるLDL-CやHbA1c,研究開始当初はめずらしかったB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)などを測定しています。BNPを測定しているコホートとしては,おそらく世界でも最大といえるでしょう。

 また,脳卒中・心筋梗塞の発症や死亡だけでなく,心不全や要介護状態をエンドポイントに含めていることも大きな特徴の一つです。

―その一方で,人数が多いからできなかったことやデメリットなどはありましたか。

岡山: 予算やマンパワーの面から難しいと判断し,当初から「しない」と決めていたのは,血清の保存と遺伝子検査です。また,対象者の方へのフィードバックも基本的にしていません。もちろん通常の住民健診の結果は市町村から通知されますが,われわれが研究のために行っている追加項目の結果については,あらかじめ研究承諾書に「今後の保健政策の立案に活かすとともに,広報などで広く皆様に還元いたします」と記載しており,1人1人に通知するわけではないという前提で承諾をいただいています。

岩手医科大学と岩手県予防医学協会の共同研究体制

―次に,研究を実施する体制について教えてください。岩手医科大学が中心となって行われているのですか。

岡山: ベースライン調査については,岩手医科大学と岩手県予防医学協会が中心となって実施しています。

 2万人という規模と限られた予算の問題から,大学のスタッフだけで追加項目の測定などの健診実務を行うのは難しい状況でした。そこで,当時私が理事をしていた岩手県予防医学協会に相談し,大学との共同研究を行うという体制をとりながら,健診当日の実務の部分で協会スタッフに協力してもらえないかとお願いしたのです。LDL-CやHbA1cなどの追加項目の測定にあたっては,研究資金で測定キットのみ購入し,実際の測定は協会スタッフにお願いするという方法をとりました。

 予防医学協会のような健診機関の協力を得て行われているコホート研究はほかにもありますが,県北地域コホート研究の場合は共同研究ですから,協会が健診データを一方的に大学に提供するというのではなく,協会も,コホートをもつ健診機関として研究の成果を自由に利用できるようになっています。われわれの論文を見ていただくとわかりますが,協会スタッフは研究のコアメンバーとして必ず執筆者に入っていますし,学会発表も行い,毎月の定期的な研究者会議にも参加しています。協会スタッフにとっては仕事が増えて大変だったと思いますが,こうして研究に主体的に関わるなかで,各市町村にどう協力してもらうかを考えたり,その交渉に走り回ったりするのはとてもやりがいがあったという声も聞かれました。

研究者会議のようす
月に1度行われている研究者会議のようす。岩手医科大学,予防医学協会や岩手県環境保健研究センターなど,研究に携わるさまざまな立場のスタッフが一堂に会して現状の報告や率直な意見交換が行われ,問題点も話し合いによって解決される。

一人一人の追跡ではなく,行政資料や発症登録研究データの照合による追跡

―それでは,追跡調査をどのように進められたのか教えてください。

岡山: 大規模な疫学研究では,ベースライン調査よりも追跡調査のほうが大変です。なにしろ対象者の数が多く,研究立ち上げの費用も非常に限られていたため,従来のコホート研究のように,毎年の健診や電話確認などによって一人一人を追跡する方法が無理であることは自明でした。そこで,発症や死亡をどのように把握するかという枠組みや,それを実施する体制に関して,いろいろと頭をひねったのです(表)。

表 追跡調査の詳細

エンドポイント 参照データ データ保有者 概要
死亡 住民基本台帳
(死亡の有無)
市町村 市町村ごとに住民情報の照会または住民基本台帳の閲覧を行い,対象者の生死および転出の有無を確認。死亡の場合は厚生労働省の承認を受けたうえで対象地域を管轄する保健所において死亡小票を閲覧し,死因を同定した。
死亡小票(死因) 保健所
脳卒中 岩手県地域脳卒中登録事業
(1991年~)
岩手県医師会 岩手県および県医師会が全県下医療機関の協力のもとに1991年から実施している脳卒中の全数登録調査(岩手県地域脳卒中登録事業)の情報との照合を行い,研究対象者の脳卒中発症状況を把握。登録漏れを防ぐために,脳卒中急性期診療を担当するすべての病院において,医師会から派遣されたリサーチナースによる全入院診療録の確認も行われている。
心筋梗塞,
心不全,
突然死
岩手県北心疾患発症登録調査
(2003年~)
岩手県北心疾患登録協議会 県北地域コホート研究とほぼ同時(2003年)に,岩手県北地域および沿岸地域の心疾患発症状況を明らかにすることを目的として岩手県北心疾患登録協議会が組織され,急性心筋梗塞,突然死およびうっ血性心不全の全数発症登録が行われている。この登録情報との照合を行い,研究対象者の心疾患発症ならびに突然死の状況を把握した。脳卒中と同様に,リサーチナースによる全入院診療録の確認も行われている。
要介護認定 要介護認定情報 保険者
(市町村または広域行政事務組合)
承諾が得られた対象者について,市町村または広域行政事務組合の管理する要介護認定情報とのデータ照合を行い,一致するものについて要介護認定情報を取得。要介護認定者については,認定年月日,認定結果,一次判定結果および認定調査項目の各結果の提供を受けた。介護情報の収集は岩手県環境保健研究センターが実施。

* いずれのデータも,ベースライン時の対象者の書面による同意を前提として収集が行われている。

 その一つが,脳卒中や心筋梗塞発症者の把握に地域の発症登録研究を利用することです。毎年,登録研究のデータベースと研究対象者のデータとの照合を行い,もし合致すれば,その人が発症したことがわかるというわけです。精度の高い調査のためには,拠点となる基幹病院が各地域をしっかりカバーしている必要があり,それが対象地域を決める際の条件にもなりました。

―脳卒中も心筋梗塞も含まれる登録研究なのですか。

岡山: 脳卒中の登録研究と心疾患の登録研究はそれぞれ別です。

 脳卒中については,岩手県と県医師会による登録事業が1991年からすでに始まっていましたので,そのデータを使わせてもらうようにしました。一方,心疾患の登録研究はありませんでしたので,岩手医科大学の第二内科(現・内科学講座心血管・腎・内分泌内科分野)の中村元行先生とともに,心疾患発症登録事業を新たに立ち上げました。こちらは岩手県全体ではなく,研究対象の3地区のみをカバーしています。この研究のモニタリングのためだけでなく,データの精度を保てる規模にとどめることで日本人の地域発症登録データベースとして単独でも意義のある研究にしたいと考えたのがその理由です。対象疾患には急性心不全も含まれます。

 このような方法で発症をモニタリングすることによって,通常の追跡調査に要するパワーをだいぶ節約することができました。当時としてはなかなか画期的な方法だったのではないかと自負しています。

脳卒中(左)および急性心筋梗塞(右)の登録票
脳卒中(左)および急性心筋梗塞(右)の登録票

要介護認定情報を照合できるシステムをつくり,詳細な情報を取得

―死亡と要介護認定については,どのように調査をされているのですか。

岡山: まず死亡ですが,基本的には市町村の住民基本台帳を閲覧して,死亡または転出の有無を確認し,死亡の場合は死亡小票で死因を把握するという流れです。ただ,市町村ごとに数千人いる対象者全員について調べるのは非常に困難ですので,「翌年も住民健診を受けた人」は調査から除外します。

 要介護認定については,個人情報保護の関係などもあって,介護保険の保険者である市町村または広域行政事務組合から直接データを入手するのは難しいことがわかったため,県の施設である岩手県環境保健研究センターに,県民の要介護認定情報を登録できるデータベースシステムをつくるように交渉しました。登録研究と同じように,県北地域コホート研究の対象者の情報との照合を依頼して,合致する場合にデータを取得できるようにしたのです。この要介護認定情報には,認定調査の際に作成される基本調査のデータもすべて含まれるため,日常生活動作(ADL)の等級だけでなく,起居動作,移動動作,社会的行動や社会適応に関する評価,特別な医療の有無などの詳細な情報を把握することが可能です。

岩手県北地域コホート研究の追跡調査のしくみ
岩手県北地域コホート研究の追跡調査のしくみ

 このようにして少しずつ基盤を固めていくことで,次第に研究はうまく動き始め,ベースライン調査開始から1年を迎えるころには約5000人が集まっていました。これをみて,当初「できるはずがない」といった基金の対応も変わったのを覚えています。

―それだけ,予定どおりの人数を集めるのが難しいということなのですね。

岡山: われわれはあくまで,当初の研究デザインに沿って登録を進めただけです。でも一つ,予定どおりではなかったことがあります。ベースライン調査の2年目は約8000人,3年目には約1万5000人を登録し,結果的に当初の登録予定であった2万人を大きく超えて2万6000人あまりのコホートとなったことです。予定より多く集まった疫学研究というのも,なかなかめずらしいかもしれないですね。

「うまくいかないはずがない」しくみをつくることの大切さ

―県北地域コホート研究は,ほんとうにさまざまな機関との連携によって成り立っているのですね。

岡山: よい研究とは,年を経るにつれて楽になっていくものだというのが私の持論です。最初だけ楽で,だんだんスタッフがしんどくなるような研究のやりかたはよくない。とくに疫学研究は,住民の方だけでなく,地域のいろいろな人や組織の協力を得ながら,長年,継続して行っていくものです。研究の発展に伴って,意外なところで外部の協力が必要になることもあります。研究を始めるにあたっては,どのようにすれば実施可能かをまず考え,協力を求める組織に対しても,単に費用を出すだけというのではなく,協力してもらいやすい体制をつくるために知恵を絞るべきです。「うまくいかないはずがない」といえるくらいに,しっかりと土台を固めておくことが大切だと思います。

 岩手県北地域コホート研究は,さまざまな「岩手ならではのしくみ」を生かして立ち上げられた,デザインのきれいな研究といってよいと思います。コホートとしてはまだ若い部類に入りますが,これから日本を代表する研究になってくれればと願っていますし,このようにして県北地域でつくりあげた疫学的な基盤を,今後,有効に活用してもらえればなによりです。

 私自身は,NIPPON DATA開始時のデータ集めに奔走し(インタビュー記事へ),吹田研究にも関わり,こうして県北地域コホート研究を立ち上げて……といくつもの研究に携わってきましたので,コホート研究はもう十分という気がしているところです。

<用語解説>

二次(保健)医療圏
一体の区域として,特殊な医療を除く一般的な医療(入院医療)サービスを提供する医療圏を二次(保健)医療圏という。設定にあたっては,地理的条件,住民の日常生活の受容の充足状況および交通事情の社会的条件などを考慮することとされており,岩手県においては,山間地域が多いことや積雪などの影響,あるいは公共交通機関の状況によって移動に時間を要する地域もあることから,高齢者等の移動の負担も勘案して,一般道を利用しておおむね1時間以内で移動可能な範囲となるように設定されている。
<参考>岩手県保健医療計画 http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?of=1&ik=0&cd=44962

広域行政事務組合
本来は各市町村が個々に対応する行政事務を,共同で効率よく処理するために設置された特別地方公共団体。
<参考>二戸地区広域行政事務組合 http://www.cassiopeia.or.jp/

要介護認定
介護保険制度において,被保険者が要介護状態(寝たきりや認知症などで常時介護を必要とする状態)や要支援状態(家事や身支度などの日常生活に支援が必要であり,とくに介護予防サービスが効果的な状態)にあるかどうか,またそのなかで程度がどのくらいかという判定を行うこと。保険者である市町村に設置される介護認定審査会により行われるが,岩手県では,一部の市町村が複数集まって広域連合や一部事務組合を設置し,共同で介護保険事業の事務処理を行っている。岩手県北地域コホート研究では,認定結果のみならず,要介護認定者の認定年月日,認定結果,一次判定結果および認定調査項目の提供も受けているため,より詳細な解析が可能である。
<参考> 厚生労働省: 要介護認定
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/nintei/index.html
岩手県: 介護保険制度の概要 http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?cd=14420



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