[インタビュー] JALS -現代の日本人の危険因子を明らかにするメタアナリシス-

大橋靖雄氏 JALS事務局長
大橋靖雄

(東京大学大学院医学系研究科
公共健康医学専攻生物統計学)
原田亜紀子氏 JALS事務局
原田亜紀子

(千葉県衛生研究所
健康疫学研究室)

2001年に開始された国内最大規模のメタアナリシスによる疫学研究,JALS(Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study: 日本動脈硬化縦断研究)。約7年を経て,2008年末から慢性腎臓病(CKD)や血圧指標に関する成果が発表され始めた。
研究の概要やメタアナリシスならではの苦労話,これからの展望などについて,JALS事務局長の大橋靖雄氏と,事務局でデータのまとめを担当している原田亜紀子氏にお話をうかがった。
(インタビュー: 2008年12月)

日本人の危険因子と循環器疾患との関連を検討

―まずはJALSの概要と,開始までの経緯についてお聞かせください。

大橋: JALS以前にも,各地域で行われてきた疫学研究のメタアナリシスを行いたいという話はありました。日本には久山町研究など世界に誇るコホート研究がいくつもあります。しかしどの研究も,研究資金や助成金をほそぼそとやりくりしながらなんとかコホートを維持するという苦しい状況が長く続いてきました。そのため,国内には大規模なコホートは少なく,観察できるイベントの数も少ないのです。冠動脈疾患やくも膜下出血については発症頻度が少なく,単独コホートでは高い精度をもった解析結果を得ることができません。

 そんななか,2001年3月,ある個人の寄付によって公益信託・日本動脈硬化予防研究基金が設立されました。この基金の助成により,動脈硬化性疾患の予防疫学研究として開始されたのがJALSです。JALSでは,メタアナリシスの手法によって国内各地で行われている循環器コホート研究の個票データを統合し,日本人における各危険因子と循環器疾患の発症・死亡との関連を明らかにすることを目指しています。

既存のデータを集積した「0次研究」,標準化して前向きに追跡を行う「統合研究」

―研究の規模は,どのくらいですか。

原田: JALSには,大きく分けて2つの研究があります。
1つは『0次研究(JALS-ECC: JALS Existing Cohorts Combine)』で,これまでに行われてきた日本のコホート研究の個人データを,ゆるやかな標準化により統合するものです。1985年~2002年のデータを提出してもらい,21コホート,約6万人のデータが集まりました。もう1つが,標準化(後述)を行った上で前向きに追跡を行う『統合研究』です。こちらは2002年にベースライン調査を開始しており,2014年に追跡終了予定です。35コホート,約12万人のデータを集めています。従来は難しかった年齢や性別,地域ごとの詳細な検討も,JALSの規模なら可能です。

大橋: つまり,まず0次研究でこれまでの各コホートのデータをひととおり集めて統合の「練習」をします。そこでどのようにデータを整理するか,これからどういったテーマで解析ができそうかなどを十分に検討した上で,前向きの統合研究につなげていこうということです。

図

特徴は,大規模な発症のデータと標準化

―研究の特徴を教えてください。

原田: やはり,大規模でイベント数も多いことがあげられます。すでにイベント発症は約1200名,心イベントだけでも約300名集まっています。冠動脈疾患の少ない日本ではとても貴重なデータです。
≪参考≫ 2009年7月14日現在: 脳卒中1,511名,心筋梗塞313名,死亡2,564名

大橋: 死亡だけでなく,発症のデータがあることも大きな特徴です。予防の観点から,死亡にいたる前の,より早い段階でのイベント発症をとらえて危険因子を検討することの重要性はいうまでもありません。「現代の日本人の危険因子がわかる」といえるでしょう。

栄養や身体活動についても,独自の調査票を用いて定量的な検討を行うことが可能です。これまで,栄養に関して全国規模で前向きに行われた検討はあまりありません。世代間,地域間でどのような違いが見られるのか,結果が非常に楽しみです。

原田: また,標準化を行っていることも大きな特徴です。標準化というのは,各項目の測定方法やデータ処理の方法などをコホート間で統一することです。

たとえば脂質については,大阪府立健康科学センターの協力のもと,CDC/CRMLN* の国際脂質標準化プログラムによる標準化を行いました。また,信頼性の高い結果を得るため,発症の定義についても標準化を行っています。基本的にWHO MONICAの診断基準を用いているのですが,これはおもに症状により診断を行うものです。一方,日本では画像診断を行うケースも多いため,MONICAの基準に画像診断を加えるというかたちで診断基準を統一しました。

* CDC: Centers for Disease Control and Prevention (米国疾病予防管理センター),
* CRMLN: Cholesterol Reference Method Laboratory Network

職人肌の疫学者たち

―標準化の作業でとくにたいへんだったのは何ですか。

大橋: いちばんもめたのは,じつは血圧なんです。もっとも基本的なことではありますが,まずそれぞれ測定回数が違っており,「1回」「2回」「高めだったらもう1回測る」など,とにかくバラバラでした。それを「間にある程度の時間をおいて2回測定」という方法に統一しました。また,仰臥位で測定するというところもありましたが,すべて座位に統一しました。

原田: 測定には,水銀計ではなく電子血圧計を使うことに決まりました。現在の上腕式の電子血圧計なら,どの機種であっても信頼性は保たれるという判断です。欧米の学会に出ることの多い先生からは,「環境問題の観点から,水銀計はもう主流ではない」という意見も聞かれました。

―なぜ,測り方がいろいろ違ってしまうのでしょうか。

大橋: 欧米の共同研究では,まず大規模なプロジェクトを立ち上げ,標準化も最初にすませてしまうのが一般的です。一方,日本のコホート研究のほとんどは住民健診をベースにしています。つまり,各研究法は,健診の現場の中でつくりあげられてきたものなのです。各グループがそれぞれの歴史を持っているので,異なる部分が出てきてしまうというわけです。

原田: 標準化のためには,そうして先生がたが培ってこられた独自のやりかたというものを,多少なりとも「曲げてもらう」「妥協してもらう」というプロセスが必要でした。そこがとても難しかった点です。

大橋: 疫学の先生たちはそれぞれ独自の流儀をもっていて,非常に職人的だと感じました。最終的にすべての標準化の方法が固まるまでには,2年以上かかりました。

メタアナリシスは危険因子をみるのによい方法

―単独コホートではなく,メタアナリシスだからわかることとしては,どのようなことがありますか。

大橋: メタアナリシスというのは,危険因子を検討するのにたいへんよい方法です。臨床試験のメタアナリシスはおもに全体での効果を判断するために行われますが,疫学の場合はそれに加え,各危険因子の相対リスクがコホートやサブグループ間で違うかどうか,つまり異質性があるかどうかをみることができるからです。環境も文化もコホート間で違うわけですから,危険因子の影響のしかたもコホートごとに違うかもしれない。それが明らかになれば,結果をどのように一般化できるかという判断の助けにもなります。

 ただし,コホートの質のばらつきには注意が必要です。たとえば,コホートごとにイベントの検出率が異なっている可能性もあるため,解析には混合効果モデルも用いています。また精度管理委員会では,各コホートがどのように追跡を行っているか,どのようにデータを集めているかなどもチェックしています。

日本人のリスクスコアの決定版を

―現在,検討が進んでいるテーマについて教えてください。

原田: 0次研究からは,すでに発表された結果として,腎機能に関する論文(二宮ら →抄録)や,血圧指標に関する論文(三浦ら →抄録,高血圧の服薬に関する論文(浅山ら →抄録)があります。また現在,総コレステロール,HDL-C,non HDL-C,BMIについて,循環器疾患発症・死亡との関連を検討しています。喫煙やメタボリックシンドロームについての解析は終わっており,論文の投稿準備中という段階です。

 さらに,脳卒中と冠動脈疾患のリスクスコア作成にも着手しています。一般住民の循環器疾患の発症リスクをある程度の精度で推定できるリスクスコアは,日本ではこれがはじめてです。そのもとになっているのは過去最大規模のデータです。日本人の循環器疾患リスクスコアの決定版といえるものにしたいですね。

―リスクスコアの重要性はどのようなところにありますか。

原田: リスクスコアに基づき,年齢や危険因子の保有状況によってリスクを色分けして示すリスクチャートは,健診や保健指導の場でも非常に有用なツールです。「いまは危険度の高い『赤』ですが,もしタバコをやめて,血圧がここまで下がったとすると,中程度の『黄色』になります」と指でたどっていくなどして1人1人に具体的に説明することができるので,効果があるのです。アナログな方法ですが,習慣を変える,服薬を開始するなどの対策によってどのくらいリスクが下がるかという「変化」を,ご自身の目で見て納得していただくプロセスが大切なのだと思います。

身体活動の調査では,「掃除」や「洗濯」も考慮

―健診や保健指導に生かすという点では,食事や運動の結果も注目されますね。

大橋: 原田さんは疫学での身体活動の評価を専門にしていて,身体活動ワーキンググループで調査票の開発と解析にあたっています。このなかでおもしろいのは,「家事」を考慮に入れていることです。

―家事というのは,掃除や洗濯のことですね。なぜそこに着目されたのですか。

原田: いわゆる運動だけでなく,日常生活での活動量も意外に重要ではないかと考えているんです。たとえば家事ですと,体をかがめて拭きそうじをする,洗濯物のかごを持って移動する,洗濯物を干す,重い買い物袋をさげて帰ってくるなど,毎日いろいろな動作をしていますよね。家事の時間は働いている人でもなかなか減りませんから,その積み重ねは無視できません。すこし極端かもしれませんが,「女性はよく動くぶん,男性より寿命が長いのではないか」という人もいます。

―活動量はどのようにして測るのですか。

原田: 基本的には時間で,そこに身体活動の種類ごとの強度で重み付けをして,消費エネルギー量を計算しています。

 また,「どれくらい座らない生活をしているか」という指標にも着目しています。座らないということは,活動の強度自体はそれほど高くなくても,筋肉に持続的な刺激がある状態です。これまでの検討は運動の時間や強度を指標としたものがほとんどですので,「座る」「座らない」という点からの検討で,なにか違うメッセージが出てくるかもしれません。

 日本人,とくに都市部の人は,欧米にくらべて日常生活でよく歩いています。日本人に冠動脈疾患が少ないのはなぜかと考えるとき,魚食だけでなく,そのあたりにもヒントがある可能性があります。JALSは栄養と運動,どちらも見ているので,その両方を考慮に入れた検討を行っていきたいですね。

次世代に残してゆく疫学

―検討できるテーマもたいへん多彩で,結果が楽しみですね。

大橋: これから成果を論文として投稿するときには,おそらく若手の研究者がどんどん執筆していくことになるでしょう。テーマについて勉強し,過去の文献を調べて,実際に出てきた結果をどう解釈するかを考える。この研究は,そうしたトレーニングの場でもあるのです。

 最近あらためて実感しているのですが,疫学というのはやはり,次世代に残していくものだと思うのです。JALSが開始されたのは2001年ですが,2008年や2009年になって,やっと成果として論文が出はじめました。長期的に見ればインパクトの大きい結果を生み出すことのできる仕事ですが,短いスパンでみるとお金はかかるし時間もかかるという,たいへん手を出しにくい仕事でもあります。だから,だまっていては誰もやりません。その点で,この日本動脈硬化予防研究基金が社会に果たす役割は,とても大きいものです。

―最後に,この研究の結果をどのように生かしていきたいか,お聞かせください。

原田: JALSの最終目標は,研究に参加してくださった住民の方々に結果をお返しすることです。やはり健診の場や保健指導の場で実際にどんどん使ってもらえるような,わかりやすいメッセージやツールを発信していくことが,我々の仕事としていちばん大切なことだと思うのです。さきほどお話ししたリスクスコアもその1つです。いただいたものに対して,この研究の結果からどのようなものをお返しすることができるか。これからも,そのことを考えながら研究を進めていきたいと思います。



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