[日本疫学会 2009 会場インタビュー] 注目研究を上島弘嗣氏と磯博康氏に聞く

会場写真

2009年1月23日(金)~24日(土),金沢市民文化ホール(石川県)にて第19回日本疫学会学術総会が開催された。

本サイト編集委員の上島弘嗣氏(滋賀医科大学),磯博康氏(大阪大学)に,注目研究などについて会場でうかがった。
(総会で発表された循環器疫学研究の発表サマリーは →こちら

上島 弘嗣氏 上島 弘嗣氏  icon 日本の疫学研究全体のレベルアップに
磯 博康氏 磯 博康氏  icon 歩行速度と死亡との関連は臨床現場でも有用な情報
icon 日本の疫学研究全体のレベルアップに

―今回の疫学会で,注目されていた発表や,興味深いと感じられた発表はありましたか。

上島 弘嗣氏

上島: LDL-C低値と全死亡リスクとの関連を示した吹田研究からの発表[1]がありましたが,このなかで循環器疾患の発症リスクについても検討しています。その結果,LDL-Cは冠動脈疾患発症リスクと正の関連を示しましたが,脳卒中との関連はみられませんでした。脳卒中との関連が「出なかった」というのは大事な結果です。このことを都市の住民で確認したことの意義も大きいですね。また,久山町研究から,正常高値血圧でも心血管疾患リスクが増加するという結果が出ましたが[2] ,この結果も非常に重要です。

[1] 口演: 岡村智教氏(国立循環器病センター) 「都市部地域住民におけるLDLコレステロールと死亡の関連 −吹田コホート研究における14年間の追跡調査から−」
[2] 口演: 福原正代氏(九州大学) 「地域住民における血圧レベルと心血管病発症の関係: 久山町研究」  →発表サマリーへ移動

―先生のグループのご発表のなかではいかがですか。

上島:  ERA JUMPでは,40歳代の日本在住の日本人男性,ハワイ在住の日系人男性,および米国在住の白人男性を対象とした比較を行っています。現在,コレステロール値などよく知られた危険因子のレベルは日米で同程度になってきています。それなのに,冠動脈カルシウムスコアや頸動脈内膜中膜肥厚度(IMT)でみた潜在的動脈硬化の進展度はやはり白人男性のほうが高い。これはなぜか,というのがERA JUMPのいちばん基本的な問いです。
今回の発表のひとつは,「日米で脂肪のつきかたが違う」というものです[3]。皮下脂肪と内臓脂肪の比(内臓脂肪面積/皮下脂肪面積)を比較すると,日本人では日系人および白人よりも値が大きい,つまり内臓脂肪の割合が大きく皮下脂肪の割合が小さいことがわかりました。この背景には,日米の食事の違いや,耐糖能異常・糖尿病の発症のしやすさといった代謝機能の違いがあるのではないかと考えています。
ERA JUMPではアディポネクチンなどの新しいバイオマーカーの検討も行っていますが,測定精度の点でまだ課題があると感じる部分もあります。

[3] 口演: 門脇紗也佳氏(滋賀医科大学) 「日本人,ハワイ在住日系人,アメリカ在住白人の腹部志望分布の比較 −ERA-JUMP Study− →発表サマリーへ移動

―注目の日本動脈硬化縦断研究(JALS: Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study)からも発表がありました。

上島: JALSでは今回,non HDL-Cと心血管疾患リスクの関連を検討した結果を発表しました[4]。これは各コホートのデータをあわせて解析する「0次研究(JALS-ECC)」からの結果で,前向き追跡研究となる「統合研究」は2014年に追跡終了予定です。統合研究の実施にあたっては,コホート間で方法論を統一するために泊まりがけの合宿も行い,血圧の測り方といった基本的なところから議論を重ねました。さまざまなバックグラウンドをもつ研究者たちとの積極的な議論は,長い目で見れば疫学研究の裾野を広げることにつながります。私は,JALSはそのようにして日本の疫学研究全体のレベルアップをはかるという役割も担っていると思っています。これからの結果にも期待してほしいですね。

[4] 口演: 田辺直仁氏(新潟大学) 「血清総コレステロール値,非HDLコレステロール値と循環器疾患罹患リスクの関係 −The Japan Atherosclerosis Longitudinal Study-Existing Cohorts Combine(JALS-ECC)−」
icon 歩行速度と死亡の関連は今後に影響
磯 博康氏

―今回の疫学会で,注目されていた発表や,興味深いと感じられた発表はありましたか。

磯: たとえば,「エイコサペンタエン酸(n-3系不飽和脂肪酸)の摂取量が少ないと,幼児の気管支喘息の有病率が高い」という結果[1]がありました。魚由来の脂肪酸の摂取量については,われわれも心疾患リスクと逆相関するというデータを出しています。また今回,大腸がんリスクとの関連も検討されていますが,これは関連なしという結果でした[2]。まだはっきりとはいえませんが,魚由来の脂肪酸は,循環器疾患のみならず,「炎症を抑える」という共通のメカニズムによって喘息を含めたさまざまな疾患に関連している可能性があります。ですから,こうした成績は興味深いですね。

[1] 口演: 中村こず枝氏(岐阜大学) 「幼児の脂質摂取と気管支喘息有病率に関する横断研究」
[2] 口演: 菅原由美氏(東北大学) 「魚摂取と大腸がん罹患リスクに関する前向きコホート研究: 大崎国保コホート研究」

磯: 高齢者で,歩行速度の低下が全死亡リスクに関連するという結果[3]もありました。ロボットでの二足歩行が難しいことからもわかるように,「歩く」というのは非常に高度に統合化された運動です。老化の指標にもいろいろありますが,歩行という指標を用いることにより,筋力やバランス感覚などを総合的に評価することができますので,それが高齢者の予後と強く関連するという結果には納得しました。臨床現場にもインパクトがあるのではないでしょうか。

[3] 口演: 吉田裕人氏(東京都老人総合研究所) 「高齢者の歩行速度が総死亡と医療費・介護費用に及ぼすインパクト」

―循環器疾患をみた研究では,LDL-Cやnon HDL-Cについて検討したものがありました。

磯: 吹田研究からは,LDL-C低値が全死亡リスクの上昇に関連するという結果が発表されました[4]。これまでの研究より,総コレステロールの低値で死亡リスクが上昇することが知られていますが,LDL-Cでも同様の傾向がみられたということですね。
これは重要な結果だと思います。

[4] 口演: 岡村智教氏(国立循環器病センター) 「都市部地域住民におけるLDLコレステロールと死亡の関連 −吹田コホート研究における14年間の追跡調査から−」

―先生のグループのご発表のなかではいかがですか。

磯: 若いときからの体重変化と睡眠呼吸障害との関連について発表したものがあります[5]。最近,睡眠呼吸障害が心血管疾患リスクを増加させることが知られており,そのメカニズムは高血圧や肥満,インスリン抵抗性などを介したものではないかと言われています。今回発表したのは男性トラック運転手での検討で,「20歳のときからの体重増加が大きい人では,睡眠呼吸障害の有病率が高い」という結果です。肥満ではなくても,若いときにくらべて体重がぐっと増えたという人には注意し,必要に応じて睡眠呼吸障害のスクリーニングを行うなどの対策を考えたほうがよいというメッセージになるのではないかと思います。

[5] 口演: 崔仁哲氏(大阪大学) 「職域における20歳からの体重変化と睡眠呼吸障害との関連」


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