[編集委員が選ぶ注目文献] 心房細動発症リスクスコアの作成(Framingham Heart Study)

ここでは,2008年10月~2009年3月にかけて発表された循環器疫学文献のなかから編集委員が選んだ注目文献を,コメントもまじえて紹介する。

心房細動は,心原性脳梗塞の大きな危険因子です。
どのような危険因子をもつ人が心房細動を起こしやすいか,
臨床の先生がたにさらに理解を深めていただくことが脳卒中の予防につながります。

磯 博康氏
(大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学)

― 文献概要 ―

Schnabel RB, et al.
Development of a risk score for atrial fibrillation (Framingham Heart Study): a community-based cohort study.
Lancet. 2009; 373: 739-45.pubmed

目的
心房細動は,血栓塞栓性イベントや心不全をはじめとする合併症リスク,死亡リスクを著しく高めることが明らかになっている。心房細動はもっとも頻度の高い不整脈であり,高齢化や心疾患患者の予後改善にともなって,今後さらに増加すると考えられているため,その予防対策が肝要である。しかし,これまでに複数の危険因子から心房細動リスクを予測するツールはなかった。そこで,日常診療で評価できる因子をもとに,心房細動発症リスクを予測するリスクアルゴリズムを作成した。
コホート
Framingham Heart Study,Framingham Offspring Studyから,のべ8,044人を後ろ向きに抽出し,最大10年間追跡。
結論
日常診療で評価可能な因子(年齢,BMI,血圧,降圧薬治療,PR間隔,心雑音,心不全)を用いて,個人の心房細動のリスクを簡便に算出し,高リスク者を同定することのできる計算式を作成した。心臓弁膜症や心不全がある場合を除き,心エコー所見を組み入れることによる予測式の改善はみられなかった。

磯氏: 現在,日本脳卒中学会と日本脳卒中協会により,「脳卒中対策基本法」(仮称)の制定を目指した取り組みが行われています。その背景の1つに,脳梗塞に対するt-PA(組織プラスミノゲンアクチベーター)による血栓溶解療法の実施状況がいまだ低率であることがあげられます。t-PA治療は2005年に保険適応となりましたが,実際にt-PA治療を受けられた脳梗塞患者は全体の約2%にすぎません。多くの患者が,発症後2時間以内にt-PA治療を実施できる医療機関に搬送されていないのです。この状況を改善するためには,急性期患者の受け入れ体制の整備とともに,臨床現場の医師,そして一般市民の方にも,「脳梗塞が疑われる場合にはすぐ専門病院に搬送する」という意識を持っていただかなくてはいけません。

心房細動は,心原性脳梗塞の大きな危険因子です。どのような危険因子をもつ人が心房細動を起こしやすいか,一般臨床の先生がたにさらに理解を深めていただくことが脳卒中の予防につながります。そこで,このようなリスクスコアが発表されたことをより広く知ってもらえればと考え,この文献を選びました。このリスクスコアは,日常診療で評価可能な因子を使い,簡単な計算で高リスク者を同定することができるのです。

なおアルコール摂取や糖尿病は,心房細動の有意な危険因子とならなかったため,このリスクスコアには組み入れられていません。しかし,地域や人種,生活習慣によって,結果が異なる可能性もあります。たとえば,この文献での肥満のカットオフ値はBMI 30 kg/m2ですが,日本で同じようなリスクスコアをつくるのであれば,カットオフ値はもっと低くなる可能性があります。

危険因子の状況をわかりやすく点数化できるリスクスコアというのは非常に意義のあるツールです。今後の日本のコホート研究でも,こうした試みに積極的に取り組んでいく必要があるでしょう。

― ほかの編集委員からのコメント ―

堀 正二氏 (大阪府立成人病センター) この結果から,コントロール可能な因子,たとえばBMIや血圧に介入し,臨床での予防につなげていくことが大切です。
桑島 巌氏 (東京都健康長寿医療センター) 血圧を下げると心房細動の予防になるという結果は,アップストリーム治療の観点からも重要なことだと思います。
寺本 民生氏 (帝京大学医学部内科) 危険因子を同定するのというのは,疫学のたいへん重要な役割です。その結果があればこそ,各因子への介入を検討するという次の段階に進めるのです。心房細動は,高齢化社会を迎え,これからますます重要な問題となってくるはずです。今回のリスクスコアは非常に大きなステップといえるでしょう。

― epi-c.jpのなかで関連するテーマの文献を読む ―




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