[大迫研究30周年記念講演]家庭血圧の世界基準を生んだ大迫研究のこれまでとこれから

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座長の矢﨑義雄氏

血圧はかつて,医師,看護師等が医療施設で測定するものであった。しかし,個人が家庭で測定する家庭血圧が診察室血圧よりも優れた臨床的価値をもつことが明らかとなり,2014年に日本高血圧学会から出された『高血圧治療ガイドライン2014』では,高血圧の診断において診察室血圧と家庭血圧に較差がある場合,家庭血圧を優先することが世界で初めて明記された。その礎を築いたのが,1986年に岩手県大迫町(現・花巻市)で開始された大迫研究である。研究開始30周年を記念し,2016年10月19日,第20回日本心臓財団メディアワークショップにて「家庭血圧の世界基準を生んだ『大迫研究』~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~」と題する講演会が行われた(座長: 日本心臓財団理事長・矢﨑義雄氏)。ここではその内容を紹介する。
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大迫研究30年の歩みと成果-家庭血圧に関する知見を中心に

大久保 孝義 氏(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座)

大久保 孝義氏

関係者の熱意と幸運が生んだ大迫研究

 大迫研究は,当時の県立大迫病院長だった永井謙一氏と,東北大学で血圧に関する研究を行っていた今井潤氏を中心に開始された,一般住民を対象とした疫学研究である。脳卒中多発地域であった大迫町で,住民の健康向上の方法を模索していた永井氏に,血圧を自分で測定することの有用性を今井氏が提案したことが開始のきっかけだった。家庭血圧を用いた世界初の追跡研究であることを特色とし,継続にはいくつかの幸運も重なった。医療機関が少なく,研究協力体制の構築がしやすかったこと,人口の移動が少なく追跡がしやすかったこと,両氏の考えに行政や地域の保健師も賛同し,研究が町の保健事業として進んだこと,オムロンヘルスケア株式会社から自動血圧計の提供が得られたことなどである。現在も地域の生活習慣病予防の要として継続実施中である(研究紹介ページへ)。

家庭血圧基準値設定までの道のり

 血圧値は連続変数であることから,ある値以上を「病気」,それ未満を「正常」とすることには無理がある。しかし現実に治療,予防を行うには何らかの基準値を設けて高血圧を定義する必要があり,大迫研究以前,家庭血圧に関するそうした知見はまったくなかった。診察室血圧の基準値は,多くの観察研究から脳心血管疾患発症リスクを高めることが確認された値であるが,診察室血圧と家庭血圧では値の分布が異なる(家庭血圧のほうが平均値が低くばらつきも小さい)ため,それを家庭血圧にあてはめることはできない。暫定的に断面調査に基づく基準値設定も試みられたが,対象集団の分布に値が左右されるため不安定である,血圧が高めでも異常(高リスク)とする根拠がないなどの問題があった。もっとも望ましいのは,集団に対して前向きの追跡を行い,アウトカムのリスクが高まる血圧値をもって基準値とする方法である。そこで,大迫町の約1900人の住民を平均5年間追跡し,総死亡の相対ハザードが1となる血圧値の上限を求めた結果,高血圧の基準としておおよそ135 / 85 mmHgという値が導き出された(抄録へ)。

家庭血圧の重要性と国際的貢献

 大久保氏は,これまでに得られた知見を交えながら,家庭血圧の優れた臨床的価値を紹介した。たとえば大迫研究では,家庭血圧値の上昇と脳卒中リスクとのあいだに直線的な関連がみられたのに対し,診察室血圧では有意な関連はみられなかった(抄録へ)。また,家庭血圧値を指標として,高血圧患者約3500人に対する降圧薬治療の有効性を検討したHOMED-BP研究では,家庭血圧値と脳心血管疾患発症リスクは有意に関連するのに対し診察室血圧は関連しないこと,収縮期家庭血圧を130mmHgまで下げることにより5年間の脳心血管疾患発症率は1%未満となることが示された1)。家庭血圧の基準値を世界にはじめて示した研究として,これまでに英文誌に掲載された大迫研究の論文は100報を超え,被引用回数が100回を超えるものも12報存在する。WHO,欧州,米国をはじめとする世界の高血圧治療ガイドラインにも数多く引用されている。大久保氏は,現在大迫研究をもとにしたさまざまな国際共同研究,国内の共同研究が進行中であることにもふれ,これからも得られた結果を地域住民に還元するとともに,さまざまな情報を国内,世界に発信し続けていきたいと結んだ。

大迫研究の30年からみえる過疎医療の将来

今井 潤 氏(東北大学大学院薬学研究科医薬開発構想寄付講座)

今井 潤氏

過疎地医療の現状と改善策

 大迫研究の開始当時(1985年),大迫町の人口は8053人であり,52床の県立大迫病院には内科,外科など数人の医師が常勤で勤務していた。しかし2015年現在,人口は5574人に減少し,高齢化率は16.2%から40.1%に上昇した。医療資源は,効率的な活用という名目で都市部へ局在化しつつある。大迫地区でも,県立大迫病院はいまや無床の大迫地域診療所となり,内科の医師1人が常勤で勤務するのみとなった。診療所が休みのときはいわば無医村になるわけであり,医療アクセスの問題は非常に深刻な状況である。このような現状に対し,今井氏は,医療資源を先制医療に重点的に配分することを提案している。つまり,発症してしまってからでは受診もままならないのが過疎地の現状であるならば,疾病の予防と早期発見に力を入れ,未病のうちの受診を可能にしようという考え方である。

疾病予防における家庭血圧の有用性

 そこで注目されるのが,疾病予防に家庭血圧が果たす役割である。大迫地区では研究が開始されてから,とくに男性における脳卒中発症率(対10万人・年)が,約300人(1995年)から約100人(2010年)に激減した。大迫研究の結果をもとに,家庭血圧を高血圧治療に導入することで得られる効果を検討した報告では,10年間で約10兆円の総医療費削減につながるとの試算もある2)。実際に大迫地区では,研究開始以降,国民健康保険被保険者1人あたりの医療費の増加度が,近隣地区のなかでもっとも低くなっている。家庭血圧の優れた予後予測能に加え,家で毎日血圧を測ることによる住民の健康意識向上が,疾病の予防や早期発見にきわめて重要な役割を果たし,ひいては医療費削減にも結びつくことを示しているといえよう。

過疎地医療を救う遠隔医療システム

 HOMED-BP研究では,患者1人1人の家庭血圧値が各医療機関のコンピュータを介して東北大学のホストコンピュータに送信され,その解析結果からホストコンピュータにより処方の推奨が出されるという,一種の遠隔医療システムが導入された。今井氏は,このようなシステムを地域住民の疾病予防に応用できないかと考えている。現在,国内外で一部実用化もされているが,測定端末や通信料が高額である,スマートフォンが必要で高齢者には使いにくいといった問題がある。

 そこで今井氏は,従来の卓上電話を用いた次のようなシステムを構想している。まず住民が測定した血圧値を,モデムにより,電話回線を通じて情報センターに送信する。すでに設置されている電話回線を使うことで通信料は1回7円ですみ,1日朝晩2回ずつ送信しても1か月420円である。将来的には,地域の基幹病院に地域医療管理部門を設立し,情報センターを置く。センターでは,血圧だけでなく心拍,体温,日々の服薬状況,健診を受けた場合の結果などの情報も統合・演算し,正常/異常の判定,受診勧告や生活指導を行う。

 これは先制医療につながり,医療経済的にも大きなメリットがあると考えられる。ただし問題はやはりモデム設置などの初期費用や運営費である。今井氏はここで改めて先制医療への医療資源の配分にふれ,初期投資や運営は国や地方行政が担うべきとの考えを示した。そして,過疎地域の医療状況を改善するために,大迫地区をモデルとして,このシステムを実現すべく奮闘中であると述べ,講演を締めくくった。



文 献

1) Asayama K et al. Cardiovascular outcomes in the first trial of antihypertensive therapy guided by self-measured home blood pressure. Hypertens Res. 2012; 35: 1102-10.pubmed

2) Fukunaga H et al. Cost-effectiveness of the introduction of home blood pressure measurement in patients with office hypertension. J Hypertens. 2008; 26: 685-90.pubmed


ONSITE INTERVIEW
高齢化に伴い,今後は家庭血圧と認知機能やADL,うつ病との関連も検討

大久保 孝義 氏 (帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座)
大久保 孝義氏

 大迫研究の開始当初は意義すら不明確だった家庭血圧測定が,30年のときを経てここまで普及し,その重要性がひろく認識されるとともに,いまや国内外のさまざまなガイドラインにも反映されていることを,あらためて感慨深く思っています。

 当時は参加者全員に自動血圧計を配布していましたが,各世帯への血圧計の普及が進んだ近年,血圧測定のために研究に参加するという人は減少しました。しかしこれは,町全体として考えると,それだけ家庭血圧に対する理解が広まったということだとも思うのです。基準値などの課題や,さらなる活用の余地がまだあるなかで,わが国のさらなる健康増進のために,いまある家庭血圧計をより有効に活用するべく研究を続けていきたいと考えています。

 以前は,高血圧と脳卒中や心疾患の関連を詳しく検討することがおもな目的でしたが,最近は大迫の高齢化率が40%を超えているため,加齢に伴うその他の生活習慣病や,認知機能,日常生活動作(ADL)などに関する研究も積極的に進めています。また,岩手県で対策が急務となっているうつ病や自殺に対して,睡眠障害を介した夜間の高血圧や,ストレス・アルコール摂取を介した早朝の高血圧,さらに血圧の日内変動パターンなどが関連するかもしれないことから,うつ病そのものの検査ではなく血圧測定を通じて,リスクを検出できる可能性についても検討しています。

 500年以上にわたって伝統が守られている早池峰の神楽や50年もの歴史をもつエーデルワインとともに,これまで脈々と息づいてきた家庭血圧測定の習慣が,これからも大迫の住民の方々にしっかりと受け継がれていくことを願っています。

ONSITE INTERVIEW
地域の方々に研究成果をお返しし,脳卒中発症率は30年前の1/3に

今井 潤 氏 (東北大学大学院薬学研究科医薬開発構想寄付講座)
今井 潤氏

 30周年の節目を迎え,よくここまでやってこられたというのがいまの正直な気持ちです。大変なこともありましたが,大迫の住民の方々や行政にとても前向きな姿勢で取り組んでいただいたことにも助けられ,これまで研究を継続してくることができました。

 研究のために家庭血圧の測定をお願いするのは,4年に1回,1か月間にすぎないのですが,大迫の人たちは,家庭血圧測定の大切さをしっかりと理解し,研究に必要な期間以外もずっと継続して家庭血圧を測っています。その結果,今回まとめ直したデータでは,30年前にくらべて脳卒中の発症率が1/3にまで激減していました。

 疫学研究というのは,一方的に情報を集めて,分析して結果が出たらそれでおわり,ではだめなのです。得られた成果をみなさんにお返しし,家庭血圧測定事業として地域の健康づくりのために役立ててきたからこそ,このように長きにわたって続けることができたのだと思っています。



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