[対談]久山町からみる日本人の危険因子の変遷とガイドライン

対談: 寺本民生氏,清原 裕氏
(2011年10月)
日本人の危険因子の変遷―代謝性疾患の増加

寺本 日本を代表する疫学コホート研究である久山町研究は,今年(2011年)で研究開始から50周年を迎えました。また,日本動脈硬化学会のガイドラインは2012年春に改訂される予定ですが,そのなかでは疫学研究からの知見が引き続き必要不可欠なものとなっています。そのこともふまえ,久山町研究における日本人の危険因子の変遷と今後の対策について,久山町研究の現在のリーダーである清原裕先生にお話をうかがいたいと思います。
 まずは,あらためて久山町研究についてお話いただけますか。

清原 久山町研究は1961年に,九州大学第二内科(現・病態機能内科学)の教授であった勝木司馬之助先生のもとはじまりました。当時,日本人の脳卒中死亡率は世界でいちばん高く,死亡統計によるとその9割以上が脳出血でした。これに海外から疑義が出され,反論するためのエビデンスが必要になったことから,そのころもっとも確実な手段であった剖検により,日本の脳卒中の病型別の死亡率・発症率をはじめて明らかにしたのです。勝木先生からは,久山町で発生した脳卒中はすべてみるという意味で,「町は久山病棟であると思いなさい」というご指導があったといいます。
 画像診断がない時代ですので,脳卒中の病型を正確に診断しようとすれば剖検しかありません。当時,研究室の主任でした廣田安夫先生が「病棟であるならば解剖だろう」と思い立たれてはじめたと聞いています。

寺本 私はこの疫学調査のいちばんの強みは,約80%の高い剖検率と,時代の異なる第1集団(1961年),第2集団(1974年),第3集団(1988年),第4集団(2002年)の追跡成績を比較されている点だと思います。

清原 ありがとうございます。そのなかで心血管疾患の発症率・死亡率の時代的変化やその要因を検討してみると,第2集団(1974年)以降から,高血圧治療の普及とともに脳卒中の発症率・死亡率は着実に低下し,80年代中盤には「このままいけば,久山町は脳卒中の撲滅宣言ができるのではないか」と思うくらいでした。しかし近年,血圧は低下しているのに脳卒中の発症率,とくに脳梗塞の発症率の低下が鈍化してきたのです[1], [2]
 私たちは先輩から「健診を受けた住民の方に結果をお返しするときには,手書きにしなさい」と指導を受けていました。そこでお一人おひとりのデータについて書いていると,年を経るごとに「肥満」,「高コレステロール血症」,「糖尿病」と書く頻度が増えていることを実感しました。それでデータを確認してみると確かに増えている[2]。どうも代謝性疾患の増加が高血圧治療の脳卒中予防効果を相殺してしまっているようなのです。
 また,虚血性心疾患も同様で,血圧や喫煙率が低下してもまったく減らなかったのです。肥満,脂質異常症,糖代謝異常などの代謝性疾患の急増は,いま大きな問題になっていると感じています。

寺本 確かに,日本人での総コレステロールの変遷を『循環器疾患基礎調査』のデータからみてみると,1980年から1990年にかけて上昇し,1990年からはほぼ横ばいの状態です。先生のおっしゃるように,そのころから日本人の病態というものが少し変わってきているのではないかという気がしますね。

清原 そうですね。変化という意味では久山町における突然死のデータにもみられます。1960年代も,2000年代も,急性症状の出現から24時間以内の突然死の頻度は約10%で変わらないのです。ところがその内訳をみると,脳卒中による突然死が時代とともに着実に減っている一方で,虚血性心疾患による突然死が増えています。高血圧治療がこれだけ普及してきたのにも関わらず,日本人の粥状動脈硬化は逆に強くなっているように感じます。その最大の原因は,やはり代謝性疾患であると思います。

寺本民生氏
「疫学的な変遷がみられる時代に,同じメカニズムで考えてはいけないのではないかという気がします」

寺本 結局,ある疾患に対する危険因子の寄与率は,時代とともに変化するものだということですね。確かに高血圧の脳出血に対する寄与率は圧倒的に高くて,それはおそらく今でも高いだろうと思います。しかし,徐々に虚血性の脳卒中が増えてくるなかで,脳卒中に対する各危険因子の寄与率もシフトしてきているのではないか。臨床家としては,このような疫学的な変遷がみられる時代に,以前と同じようなメカニズムでものを考えてはいけないのではないかという気がします。
 ただ別の見方をすると,1990年からの総コレステロールの横ばいについては,薬物治療の普及によるという考え方もあるかと思いますが,いかがでしょうか。

清原 高コレステロール血症の定義を「総コレステロール値220mg/dL以上または服薬中」としても,有病率は横ばいになっています。厚生労働省の『国民健康・栄養調査』で,1990年代からのデータをみるとやはり脂肪の摂取量がだいたい横ばいですので,そのことが影響して総コレステロールレベルにも変動がみられなかったと思うのです。それだけ,日本人は賢い民族ではないかと私は思います。

寺本 よく日本人が「欧米化する」といいますが,そうはならずに踏みとどまっている。このことから考えると,日本は欧米のように,虚血性心疾患が非常に多いような状態にはならずに済むかもしれないですね。実は2007年のガイドライン改訂時,『動脈硬化性疾患「診療」ガイドライン』から『動脈硬化性疾患「予防」ガイドライン』に名前を変更したのです。日本はそれができる国なのではないかという気がします。

「低値の人はリスクが低い」ことと「介入で低値」は異なる

寺本 コレステロール値が低いと脳出血の死亡率が高いという指摘がありますが,久山町研究ではどのような結果が出ていますでしょうか。

清原 久山町研究では,総コレステロール値が低いことと脳出血には関連性は見出しておりません。疫学研究によっては「関連がある」というデータになることもあるでしょうが,注意しなければいけないのが,それが脳出血発症のデータなのか,死亡のデータなのかということです。総コレステロールは栄養状態の指標ともいえます。いったん脳卒中を発症した患者さんは栄養状態が悪いと亡くなりやすいので,総コレステロールが低い,つまり栄養状態が悪い患者さんでの脳出血による死亡リスクは高いということが考えられます。

寺本 先生のおっしゃるとおり,もう少し総コレステロールが栄養の指標であるという見方をしていかないといけないですね。

清原 薬を飲まずにコレステロールがかなり低いということは,隠れた疾患がある可能性が高い。このことを考慮して,薬を飲んで下がった方とは分けて考えなくてはいけません。

寺本 「コレステロールを下げすぎると悪い」という意見は,何らかの介入をした集団と自然状態の集団をいっしょくたにして考えてしまっているのですね。臨床現場では,自然状態でコレステロールが低い方たちが,何らかの疾患をお持ちであるか,栄養状態が悪い可能性があることは頭の中において,その原因が何であるのかを検討することが必要だと考えます。

テーマの広がり―ゲノム疫学研究から「オーダーメイド予防」へ

寺本 近年の久山町では研究テーマが広がり,遺伝子研究も始められたとうかがっています。遺伝子解析は2002年からの第4集団より始まったのでしょうか。

清原 そうです。この集団から血液サンプルをいただいて追跡しています。もともと,2000年に国のミレニアム・プロジェクトとして生活習慣病のゲノム解析が推進されたのを受けて,そのプロジェクトで見つかった遺伝子と生活習慣のどちらがどのくらい疾病発症に影響を与えるのかを見る目的でスタートしました。しかし,ミレニアム・プロジェクトでの生活習慣病関連遺伝子の同定が進まず,私たちは東京大学医科学研究所の中村祐輔先生にご指導を仰ぎ,同定も行うことになりました。

寺本 それで,脳梗塞関連遺伝子を同定されたのですね[3], [4], [5], [6], [7], [8], [9]

清原 久山町はもともと脳卒中の疫学で始まりましたので,最初は脳梗塞の遺伝子同定にとりかかることにしました。中村先生は遺伝子,私たちは疫学を専門としていますが,一緒に研究をはじめてみると遺伝子解析と疫学研究は似通った部分があると気付きました。まずは,データが膨大でコンピューター処理をしなくてはいけない点。また,遺伝的素因を持っていても全員がその疾病を発症するわけではありませんので,確率論,統計の話になり,この点でも非常に疫学と似ています。ですから,疫学の考え方を遺伝子解析に持ち込んで,疫学の基本であるきちんとした症例対照研究を行えばよいということがわかりました。
 ただ,ゲノム解析には疾患群として1000例を超える症例数が必要ですが,久山町の一般住民では脳梗塞の患者さんは100名程度と数が少なく,臨床系との共同研究が必要になってきます。一方で,久山町研究では対照となる健常者はたくさんいらっしゃいます。きちんと調べた健常者と,レベルの高い専門医が評価した疾患群の両方を合わせて解析することで,脳梗塞の遺伝子が同定できたのです。

寺本 これはとても貴重なデータだと思います。それを臨床にいかしていくには,脳梗塞の遺伝的素因をもつ人の生活習慣について,その方が若いときからある程度気をつけていかなければいけないということになるのでしょうか。

清原 裕氏
「将来,個人の体質に合わせた予防法を見つけることができると考えています」

清原 そうですね。ただ関連する遺伝子はどうやら多くありそうで,それが数個なのか,数十個なのかわかりませんが,その遺伝子と生活習慣の両方の側面から,脳梗塞や動脈硬化の新たな発症メカニズムが解明されていき,ひいては個人の体質に合わせた予防法,私どもは「オーダーメイド予防」と言っていますが,その予防法を見つけることができると考えています。

寺本 一次予防は非常に重要なことですが,その方がまだ実際に病気で苦しんでいるわけではない分,やりにくい面があります。先生がおっしゃった「オーダーメイド予防」が可能になれば,予防法を自分のこととして認識することになりますね。

絶対リスクと相対リスクはどちらも大切

寺本 いま,私たちも臨床の場で一人ひとりの絶対リスクというものを考えながら診療する方向へシフトしたいと考えています。『第3次米国コレステロール教育プログラム成人治療パネル(NCEP-ATPⅢ)』や,『欧州心臓病学会(ESC)/欧州動脈硬化学会(EAS)合同脂質異常症管理ガイドライン』など,世界のガイドラインでも基本的にはリスクスコアによって絶対リスクを評価していますので,世界と比較していくうえでも,このことは重要であると思うのです。
 健康診断などでデータが総合的に出てくる時代になりましたが,久山町研究でも個人の将来のリスクを評価することはできているのでしょうか。

清原 疫学のデータは集団全体の平均的なものですから,個人のリスクというのはまた臨床の視点に立って,別の評価をしなくてはいけないと思います。一人の方の将来のリスクを測るという意味で,私たちもリスクスコアの考え方を採用しています[10]。複数の危険因子をあわせもつ場合,将来どのくらい発症リスクが上がるかを数字で示すもので,個人の将来の疾患リスクを把握するツールとして大きな意味をもっていると思います。

寺本 日本の現状としては,「コレステロールが高いとリスクが何倍高くなる」,「血圧が高くなるとリスクが何倍高くなる」というような相対的な考え方でリスクを評価していることが多く,絶対リスク,たとえば「その方が何%の確率で脳卒中により亡くなるのか」という考え方はあまり浸透していないと感じています。患者さんへの説得力があるのはどちらでしょうか。

清原 私は両方必要だと思うのです。「この危険因子がない人にくらべてリスクが何倍高い」ということと,「あなたは将来何%発症するリスクがある」ということ,両方を患者さんに伝える必要があるのではないでしょうか。

寺本 絶対リスクで評価しますと,リスクが高くなるのは圧倒的に高齢者ということになりがちです。疾病の予防対策を立てるときなどには,若い方が重大な疾病になるのを予防するという観点も必要になってきますので,絶対リスクに偏りすぎるのもよくないかと思います。ですから先生のおっしゃるように,絶対リスクは非常に重要ですが,集団によっては相対リスクもきちんと加味していきたいと考えています。
 ガイドラインは基本的に疫学のデータに頼らざるを得ない面がありますので,久山町のデータは非常に重要だと考えているのです。先生は日本動脈硬化縦断研究(JALS)のリスクスコア[11]はどのように評価されますか。

清原 急性心筋梗塞発症を予測するリスクスコアシステムですね。これはnon HDL-C([総コレステロール値]−[HDL-C値])および総コレステロール値で評価した点がユニークで,非常に素晴らしいと思います。LDL-C値は,空腹時採血を前提としてFriedewaldの式により算出する方法と,直接測定する方法がありますが,空腹時採血のハードルは高く,直接測定法は精度のばらつきの問題があります。その点non-HDL-Cは,非空腹時採血でも算出できます。

寺本 2012年春にむけて改訂を行っている『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』のなかで,管理目標の指標としてnon-HDL-Cを入れようと考えているのです。

清原 non-HDL-Cはまだエビデンスが少ないですね。

寺本 そうです。とくに介入試験でのデータが少なく,どこまで下げればよいのかという管理目標値の目安がないので,あいまいな形にならざるを得ないだろうと思います。

清原 エビデンスをつくる側として,久山町でもnon-HDL-Cのデータを出していかなくてはいけないと思っています。

寺本 結局,私たちが管理目標値を示すのはなぜかというと,人間というのは何か目標を持っていないと,なかなか治療や管理ができないからなのですね。

清原 健診を受けられた方は「この値はいいのか,悪いのか」と疑問に思われます。そのときにガイドラインを基にお話すると,皆さん納得されますね。

寺本 久山町研究から明らかにされた危険因子の変遷や疾病構造の変化は,時代とともに日本人がどう変わってきたかを私たちに見せてくれました。今年で50周年の節目を迎えられる久山町研究ですが,こうして長きにわたって蓄積されてきたデータはまさに財産であり,これまでの研究者や町の方々の地道な取り組みの意義がみなさんに伝わればと感じています。ガイドラインも疫学研究のデータなくしては成り立ちません。今後も引き続きこのような研究を継続していただくことが非常に大切ではないかと思います。本日はありがとうございました。


[1] Kubo M, et al. Trends in the incidence, mortality, and survival rate of cardiovascular disease in a Japanese community: the Hisayama study.Stroke 2003; 34: 2349-54.(抄録を読むpubmed

[2] Kubo M, et al. Secular trends in the incidence of and risk factors for ischemic stroke and its subtypes in Japanese population. Circulation. 2008; 118: 2672-8.(抄録を読むpubmed

[3] Kubo M, et al. A nonsynonymous SNP in PRKCH (protein kinase C eta) increases the risk of cerebral infarction. Nat Genet. 2007; 39: 212-7.(抄録を読むpubmed

[4] Hata J, et al. Functional SNP in an Sp1-binding site of AGTRL1 gene is associated with susceptibility to brain infarction. Hum Mol Genet. 2007; 16: 630-9. pubmed

[5] Kuroda J, et al. NAD(P)H oxidase p22phox C242T polymorphism and ischemic stroke in Japan: the Fukuoka Stroke Registry and the Hisayama study. Eur J Neurol. 2007; 14: 1091-7. pubmed

[6] Hagiwara N, et al. Polymorphisms in the lymphotoxin alpha gene and the risk of ischemic stroke in the Japanese population. The Fukuoka Stroke Registry and the Hisayama Study. Cerebrovasc Dis. 2008; 25: 417-22. pubmed

[7] Hagiwara N, et al. Polymorphism in the sorbin and SH3-domain-containing-1 (SORBS1) gene and the risk of brain infarction in the Japanese population: the Fukuoka Stroke Registry and the Hisayama study. Eur J Neurol. 2008; 15: 481-6. pubmed

[8] Matsushita T, et al. Functional SNP of ARHGEF10 confers risk of atherothrombotic stroke. Hum Mol Genet. 2010; 19: 1137-46. pubmed

[9] Matsushita T, et al. Association study of the polymorphisms on chromosome 12p13 with atherothrombotic stroke in the Japanese population. J Hum Genet. 2010; 55: 473-6. pubmed

[10] Arima H, et al. Development and validation of a cardiovascular risk prediction model for Japanese: the Hisayama study. Hypertens Res. 2009; 32: 1119-22.(抄録を読むpubmed

[11] Tanabe N, et al. The Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study Group. Serum Total and Non-High-Density Lipoprotein Cholesterol and the Risk Prediction of Cardiovascular Events. Circ J. 2010; 74: 1346-56.(抄録を読むpubmed

対談: 寺本民生氏,清原 裕氏



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