[学会報告・日本心臓病学会2010] シンポジウム「日本の心臓血管疾患の疫学研究:大規模コホート統合研究(JALS)」

座長

第58回日本心臓病学会学術集会は,東京国際フォーラムにて2010年9月17日(金)~19日(日)の3日間にわたって行われた。

ここでは9月19日に行われた,日本動脈硬化縦断研究(JALS)からの最新の知見を紹介するシンポジウム 「日本の心臓血管疾患の疫学研究:大規模コホート統合研究(JALS)」 (座長: 滋賀医科大学生活習慣病予防センター・上島弘嗣氏,東京大学・大橋靖雄氏)の内容を紹介する。  (JALSへ


■ 目 次 ■  * タイトルをクリックすると,各項目にジャンプします
1. イントロダクション: JALSとその意義
大橋 靖雄氏 大橋 靖雄 氏(東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 生物統計学分野)

2. 脂質(総コレステロール,non-HDLコレステロール)と循環器疾患リスク
田邊 直仁氏 田邊 直仁 氏(新潟大学大学院医歯学総合研究科 地域予防医学講座 健康増進医学 分野)
会場インタビュー田邊直仁氏に聞く: 健診での総コレステロール測定の復活を
3. 血清HDL-コレステロール値と循環器疾患リスクとの関連
崔 仁哲氏 崔 仁哲 氏(大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座 公衆衛生学)

4. 肥満度と心筋梗塞,脳卒中発症の関連 ―JALS 研究
八谷 寛氏 八谷 寛 氏(名古屋大学大学院医学系研究科 社会生命科学講座 公衆衛生学)

5. 喫煙と循環器疾患リスク:Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study 0次研究の成果から
喜多 義邦氏 喜多 義邦 氏(滋賀医科大学 社会医学講座 公衆衛生学部門)

1. イントロダクション: JALSとその意義

大橋 靖雄氏 発表者:
大橋 靖雄 氏(東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 生物統計学分野)

- JALSの概要 -
JALSは,2001年3月に設立された公益信託日本動脈硬化予防研究基金の支援により行われている研究。日本で行われている循環器疾患のコホート研究の個人データを統計的に統合してメタ解析を行い,日本人の循環器疾患発症の危険因子,およびその影響の度合いを定量的に評価し,予防に役立てることを目的としている。
JALSは2つの研究からなっており,「0次研究(JALS-ECC: JALS Existing Cohorts Combine)」は過去の追跡データを集めて解析するもの(対象66,691人),「統合研究」はあらかじめ標準化を行い,前向きに追跡を行うというものである(対象118,239人)。参加コホートは日本全国の33コホートにのぼる。
調査項目は,疾患発症の定義,追跡方法,血圧,脂質,生活習慣などで,生活習慣の調査にはBDHQ(brief-type self-administered diet history questionnaire: 簡易型自記式食事歴法質問票),JALSの身体活動調査ワーキンググループで独自に開発されたJALSPAQ(JALS physical activity questionnaire)が用いられている。

- JALSの現状 -
・ 0次研究
0次研究の成果をもとに,これまでに6本の原著論文が発表されている(デザイン・方法論pubmed,CKD(抄録へ),血圧(抄録へ),脈圧(抄録へ),総コレステロール・non-HDL-C・心筋梗塞リスクスコア(抄録へ),BMIpubmed)。
さらに今後,メタボリックシンドロームと脳卒中,HDL-Cと循環器疾患,血圧と脳卒中(脳卒中リスクスコア),喫煙と脳卒中,耐糖能と循環器疾患などのテーマについて,論文化の準備中である。

・ 統合研究
2005年12月をもって生活習慣調査も含めたすべてのベースライン調査が終了し,現在,集計作業が進行中である。ベースラインデータは種々のテーマ(地域特性・年齢分布・既往歴・家族歴,血圧・心拍数,血清脂質値,腎機能,血糖値,BMI,喫煙,飲酒,栄養,身体活動,方法論など)ごとに論文としてまとめられ,今年度中にJournal of Epidemiology (日本疫学会の学会誌) の増刊号に掲載される予定。
最新の追跡データとしては,2010年7月現在,死亡4,388人,脳卒中1,741人,急性心筋梗塞373人,急性死149例が登録されている。また2010年1月,人口動態統計の目的外使用の許可を取得したことで,2002~2008年の期間における死因の同定作業が順調に終了し,現在,死亡をエンドポイントとした解析が進められている。
今後は,種々の危険因子(BMI,腹囲,飲酒,喫煙,閉経状況,血圧,脈拍,脂質,肝機能因子,クレアチニン,HbA1c,心電図)ならびに生活習慣や身体活動と循環器疾患発症・死亡との関連を引き続き検討していく予定である。

- JALSの意義 -
JALSは,これまでにない規模のデータを統合する全国的な共同研究である。
その意義として,現代の日本人の生活習慣や危険因子の状況を把握し,循環器疾患発症・死亡への影響を詳細に解析すること,そしてその結果を循環器疾患の予防に役立てることなどが挙げられる。さらには,これらのプロセスが若手の研究者の教育・研究の機会となり,日本の疫学・予防医学研究の基盤が強化されることを望んでいる。


2. 脂質(総コレステロール,non-HDLコレステロール)と循環器疾患リスク

田邊 直仁氏 発表者:
田邊 直仁 氏(新潟大学大学院医歯学総合研究科 地域予防医学講座 健康増進医学分野)

- 背景・目的 -
総コレステロール(TC)と心血管疾患リスクとの関連について,発症をエンドポイントとして評価した日本人の大規模なコホート研究は少ない。また,non-HDL-Cと心血管疾患リスクとの関連についてのコホート研究からの報告は限られている。
そこで,JALS 0次研究(JALS-ECC)のデータを用いてTCおよびnon-HDL-Cと心血管疾患発症リスクとの関連を検討するとともに,日本人一般住民において5年間の急性心筋梗塞発症リスクを予測することのできるリスクスコアシステムを作成した。

- コホート・手法 -
対象は,JALS 0次研究(21コホート,66,691人)のうち,以下の3つの条件を満たす10地域コホートの40~89歳の22,430人とした(男性8,953人,女性13,477人)。平均追跡期間は7.6年。
 ・ AMIまたは脳卒中発症に関する追跡データに不備がない
 ・ 脳血管疾患,虚血性心疾患の既往がない
 ・ 性別,non-HDL-C,BMI,血圧,糖尿病既往のデータに不備がない

ベースラインのTC,non-HDL-Cの値により,それぞれ全体を以下のとおり四分位に分けて解析を行った。
[TC(mg/dL)] Q1: 176未満(対照),Q2: 176以上199未満,Q3: 199以上224未満,Q4: 224以上
[non-HDL-C(mg/dL)] Q1: 118未満(対照),Q2: 118以上142未満,Q3: 142以上167未満,Q4: 167以上

- 結果 -
◇ 対象背景
平均年齢58歳,TC 201 mg/dL,non-HDL-C 144 mg/dL,血圧130 / 77 mmHg,グレード1~3の高血圧の割合 73.2 %,BMI 23.1 kg/m2,喫煙率 24.5 %,糖尿病既往歴 5.9 %。
脳卒中の発症は339人,AMIの発症は104人であった。

◇ TC,non-HDL-CとAMI発症リスク
AMI発症のハザード比は,TCの値が高いほど有意に高くなっていた(多変量調整後のP for trend<0.001,χ2=17.8)。
non-HDL-Cについても同様に,値が高いほどAMI発症のハザード比が有意に高くなっており,用量-反応関係の強さはnon-HDL-CのほうがTCにくらべて優っていた(多変量調整後のP for trend<0.001,χ2=23.5)。
男女別に解析を行っても,結果は同様であった。

ROC曲線下面積(area under the receiver operating curve: AUC)を算出すると,TCは0.817,non-HDL-Cは0.833と,non-HDL-Cのほうがリスク予測能に若干優れていることが示された。

◇ TC,non-HDL-Cと脳卒中発症リスク
脳卒中発症のハザード比は,TC,non-HDL-Cのいずれとも有意な関連を示していなかった。
男女別の解析,および脳卒中病型(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血)別の解析を行っても,結果は同様であった。

◇ AMI発症リスクスコアの作成
以上の結果より,下に示す危険因子の保有状況から個人の5年間のAMI発症の累積ハザードを算出できるリスクスコアシステムを作成し,公開した。
リスクスコアシートはJALSのウェブサイトからExcelファイルとしてダウンロードできるようになっている。 (→http://jals.gr.jp/index.html: 「JALS 急性心筋梗塞リスクスコアシート」 ボタンから)
入力する因子: non-HDL-C(総コレステロールとHDL-Cから自動的に算出),性別(男/女),年齢 (40~49歳/50~59歳/60~69歳/70~79歳/80~89歳),HDL-C(40 mg/dL以上/未満),血圧(正常高値以下/グレード1高血圧/グレード2以上の高血圧),糖尿病既往(あり/なし),喫煙 (喫煙未経験または禁煙/現在喫煙)

具体的な例を挙げると,グレード2高血圧と糖尿病を有する65歳の喫煙者の男性でnon-HDL-Cが190 mg/dL,HDL-Cが40 mg/dL未満の場合,リスクスコアは合計78点となり,今後5年以内にAMIを発症する確率は3.5 %と予測される(すなわち,「同じような人のうち29人に1人が発症する」と考えられる)。

- 結論 -
・ TC,non-HDL-CはいずれもAMI発症リスクとの有意な正の関連を示しており,その関連の度合いはnon-HDL-Cのほうが強かった。
・ TC,non-HDL-Cと脳卒中発症リスクとの関連はみられなかった。
・ non-HDL-Cは食後採血でも計算が可能であり,LDL以外の動脈硬化惹起性リポ蛋白も評価可能であるなど,LDL-Cと比較して健診の現場でも用いやすい指標と考えられることから,今後,特定健診などでのTC測定の再開,ならびにnon-HDL-Cの活用が強く望まれる。
・ non-HDL-Cを用い,AMI発症リスクを予測するリスクスコアシステムを作成した。このリスクスコアを,生活習慣改善や高血圧治療のきっかけとするなど,健康教育や臨床の場でぜひ活用してもらいたい。


icon 田邊直仁氏に聞く: 健診での総コレステロール測定の復活を

―今回,発表された心筋梗塞リスクスコアの意義について,あらためてお聞かせください。

田邊 NIPPON DATA80のリスク評価チャートはすでに公表されていますが,今回のリスクスコアは,日本の地域住民における発症予測ツールとしては,初めて大規模な 統合コホート研究のデータに基づいて作成されたものであるということがあげられると思います。また,これまで,たとえば「血圧が高い人は低い人にくらべて何倍のリスクを有しています」というような情報はたくさんありましたが,このリスクスコアでは,「あなたと同じような人のうち,何人に1人が5年以内に心筋梗塞を発症すると推定されました」というかたちでリスクを示しています。これがもっとも大きな特徴の1つです。

―発表で示された65歳の男性の例では,5年以内の心筋梗塞発症の確率は3.5 %,「29人に1人が発症すると考えられる」とのことで,とても現実味のある数字ではないかと感じました。

田邊 100万人に1人といったような確率では,誰もそのために生活習慣を変えようとは思わないでしょうが,10人や20人に1人の病気となれば,「これは大変だ,生活習慣を変えよう」「きちんと治療を受けよう」といった行動につながるのではないでしょうか。

―non-HDL-Cは,臨床や健診の現場で,すぐにでも取り入れることができるのでしょうか。

田邊 non-HDL-C値は,総コレステロール値からHDL-C値を引くことで算出します。つまり,実際に測定する項目としては総コレステロールとHDL-Cの2つで,空腹時採血でなくてもよいため,とくに健診で実用的と考えられます。ただ,以前は,健診で総コレステロールとHDL-Cが測定されていたのですが,2008年4月から始まった特定健診では総コレステロールの測定が廃止され,LDL-CとHDL-Cのみになってしまいました。このため,せっかくこのようなリスクスコアツールをつくったのに,「健診の場では使えない」という大変残念な状況になってしまっています。新潟県ではまだ総コレステロールの測定を続けていますが,ほとんどの地域ではもう総コレステロールは測定されていません。健診での総コレステロールの測定はぜひ復活させてほしいと思いますし,さらに言えば,LDL-Cの測定をやめてでも総コレステロールに戻したほうがよいのではないかと考えています。

注) 現段階ではLDL-C測定法の標準化はまだ不十分で,学会や専門誌等で問題視されている。




3. 血清HDL-コレステロール値と循環器疾患リスクとの関連

崔 仁哲氏 発表者:
崔 仁哲 氏(大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座 公衆衛生学)

- 背景・目的 -
これまでに,HDL-C低値が虚血性心疾患の危険因子となることが種々の研究から示されている。脳卒中についても,HDL-C低値が有意な危険因子であるとの報告があるが,脳卒中の病型別にHDL-Cとの関連を検討した研究は少ない。
また,HDL-Cが高値を示す場合に循環器疾患発症リスクが上昇するかどうかについて,一致した見解は得られていない。
そこで,既存の前向きコホート研究の個人データを用い,HDL-Cと循環器疾患発症リスクとの関連について検討を行った。

- コホート・手法 -
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,データに不備のない17の地域および職域コホートの40~89歳の35,833人(女性53.9 %)を平均7年間追跡。

HDL-C(mg/dL)により,全体を40未満/40以上65未満(対照)/66以上90未満/90以上の4つのカテゴリーに分類して解析を行った。

- 結果 -
◇ 対象背景
平均年齢は56.0歳,HDL-Cは55.1 mg/dL。
HDL-Cのカテゴリーごとにみると,男女ともに,HDL-Cが高いほど年齢,BMI,non-HDL-C,糖尿病の割合,喫煙率が低く,総コレステロール,飲酒率が高い傾向がみとめられた(いずれもP<0.0001)。

追跡期間中の脳卒中の発症は497人(うち脳出血95人,脳梗塞323人,くも膜下出血79人),心筋梗塞の発症は117人であった。

◇ HDL-Cと脳卒中発症リスク
・ 全脳卒中: HDL-Cと全脳卒中発症リスクとの関連は,性別を問わずみとめられなかった。
・ 虚血性脳卒中: 男性では,HDL-Cが40 mg/dL未満のカテゴリーで,40 mg/dL以上65 mg/dL未満のカテゴリーに比した有意なリスクの増加がみとめられた(ハザード比[HR]1.66 [95 %信頼区間1.17-2.38])。女性では有意な関連はみられなかった。
・ 出血性脳卒中: HDL-Cと出血性脳卒中との関連は,性別を問わずみとめられなかった。

◇ HDL-Cと心筋梗塞発症リスク
男女ともに,HDL-Cが40 mg/dL未満のカテゴリーで,40 mg/dL以上65 mg/dL未満のカテゴリーに比した有意なリスクの増加がみとめられた(男性: HR 1.88 [1.25-2.84],女性: HD 3.12 [1.39-6.99])。

- 結論 -
・ HDL-C低値(40 mg/dL未満)は,心筋梗塞発症リスクの増加,および脳梗塞発症リスクの増加(男性のみ)と有意に関連することが示された。
・ HDL-C高値(90 mg/dL以上)と心筋梗塞および脳卒中発症リスクとの関連はみられなかった。



4. 肥満度と心筋梗塞,脳卒中発症の関連 ―JALS 研究

八谷 寛 氏 発表者:
八谷 寛 氏(名古屋大学大学院医学系研究科 社会生命科学講座 公衆衛生学)

- 背景・目的 -
肥満と心血管疾患リスクとの関連については欧米を中心に多くの知見があるが,日本人は欧米人とは体格が異なり,また脳卒中の発症が心筋梗塞より高率であるなど,疾病構造も欧米とは異なっている。さらに,普通体重や過体重の範囲内でのBMI*の上昇が心血管疾患発症リスクと関連するかどうかについて,十分な検討は少ない。
そこで,普通体重~過体重の範囲を細かく分類したWHOのカテゴリーを用い,BMIと脳卒中発症リスクおよび心筋梗塞発症リスクとの関連を検討した。さらに,BMIの上昇が心血管疾患発症に関与する経路についても検討した。
  * BMI(body mass index)は,次の式により求められる肥満の指標である。
   BMI=体重[kg]÷(身長[m])2

- コホート・手法 -
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,脳卒中または心筋梗塞に関する追跡データ,およびBMIのデータを有している16コホートを対象とし,調整因子のデータに不備がある人,心血管疾患既往のある人,追跡不能となった人などを除外した40~89歳の45,235人で解析を行った。 対象者の約8割が地域コホート,約2割が職域コホートに含まれていた。

男女ごとに,BMI(kg/m2)により全体を以下の5つのカテゴリーに分けて解析を行った。
   21未満(対照),21以上23未満,23以上25未満,25以上27.5未満,27.5以上

- 結果 -
◇ 対象背景
平均年齢は男性55.4歳,女性56.5歳で,平均BMIは男性23.0 kg/m2,女性は23.4 kg/m2であった。

◇ BMIと心血管疾患リスク
BMIのカテゴリーごとに,脳梗塞,脳出血および心筋梗塞発症のハザード比(年齢,喫煙,飲酒で調整)を検討した結果は以下のとおり。

・ 脳梗塞
男性では,BMIが高いほど発症リスクが高くなる有意な傾向がみとめられ(線形傾向性のP=0.007),23 kg/m2以上25 kg/m2未満,および27.5 kg/m2以上のカテゴリーにおいて,21 kg/m2未満に比した有意なリスク上昇がみとめられた。
女性でも同様にBMIと発症リスクとの有意な正の関連がみとめられ(線形傾向性のP=0.001),25 kg/m2以上27.5 kg/m2未満,および27.5 kg/m2以上のカテゴリーにおいて,21 kg/m2未満に比した有意なリスク上昇がみとめられた。

・ 脳出血
男女ともに,BMIが高いほど発症リスクが高くなる有意な傾向がみとめられた(男性の線形傾向性のP=0.005,女性の線形傾向性のP=0.010)。
男女とも,27.5 kg/m2以上のカテゴリーにおいて,21 kg/m2未満に比した有意なリスク上昇がみとめられた。

・ 心筋梗塞
男性では,BMIが高いほど発症リスクが直線的に高くなっており(線形傾向性のP<0.001),23 kg/m2以上25 kg/m2未満のカテゴリー,25 kg/m2以上27.5 kg/m2未満,27.5 kg/m2以上のカテゴリーにおいて,21 kg/m2未満に比した有意なリスクの上昇がみとめられた。
一方,女性では関連はみとめられなかった。

◇ BMIの上昇が心血管疾患発症につながる経路
BMIと心血管疾患との関連について,その因果の中間要因を明らかにするため,BMIと脳梗塞,脳出血,心筋梗塞発症リスクとの関連について,(1)年齢,喫煙,飲酒で調整した結果,(2)(1)に収縮期血圧による調整を加えた結果,ならびに(3)(1)に収縮期血圧および総コレステロールによる調整を加えた結果 の3者の比較を行った。

・ 脳梗塞
男女とも,血圧で調整を行うとBMIと発症リスクとの関連が弱められた。しかし,さらに総コレステロールによる調整を行ってもそれ以上に関連が弱められることはなかった。
つまり男女とも,BMIによる脳梗塞発症リスクの増加の一部が血圧によって説明されることが示唆された。

・ 脳出血
男女とも,血圧で調整を行うとBMIと発症リスクとの関連が弱められた。しかし,さらに総コレステロールによる調整を行ってもそれ以上に関連が弱められることはなかった。
つまり男女とも,BMIによる脳出血発症リスクの増加の一部が血圧によって説明されることが示唆された。

・ 心筋梗塞
BMIと発症リスクとの有意な関連がみとめられた男性のみで検討した。
血圧による調整を行うとBMIと発症リスクとの関連は弱められ,さらに総コレステロールによる調整を加えると,関連はより弱められたが,直線的な関連は依然として有意であった。
つまり,男性において,BMIによる心筋梗塞発症リスクの増加の一部は血圧や総コレステロールによって説明されたが,さらにそれ以外の要因も,肥満と心筋梗塞を結ぶ因果経路の中間に関与していることが示唆された。

- 結論 -
・ BMIの上昇は,普通体重~過体重の範囲内であっても,脳梗塞発症リスク,脳出血発症リスク,および心筋梗塞発症リスク(男性のみ)の上昇と関連していた。
・ 減量,あるいは体重増加の予防は,おもに血圧上昇の抑制を介し,脳卒中リスクの低減につながると考えられた。
・ 肥満度が高めの男性では心筋梗塞発症リスクが上昇していたが,そのリスクが中間要因としての血圧やコレステロールだけでは説明されなかったことから,心筋梗塞予防のためには肥満度のコントロールがさらに重要であることが示唆された。


5. 喫煙と循環器疾患リスク:Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study 0次研究の成果から

喜多 義邦氏 発表者:
喜多 義邦 氏(滋賀医科大学 社会医学講座 公衆衛生学部門)

- 背景・目的 -
喫煙は日本人においても総死亡,心筋梗塞の発症に対する重要な危険因子の一つである。脳卒中との関連については,NIPPON DATA80(抄録へ)およびJPHC(抄録へ)からは喫煙がリスクとなることが明らかにされているものの,過去のコホート調査においては関連が必ずしも明瞭ではなかった。この要因として,日本人の疾病構造の特徴や,近年の喫煙率低下,脂質値・血糖値の上昇といった時代的背景が影響していると考えられることから,それらの要因も考慮して分析・考察する必要がある。
そこで,1980~1990年代にベースライン調査および追跡調査が行われたコホート研究の個人データを用い,喫煙と脳卒中発症リスクおよび急性心筋梗塞発症リスクとの関連を検討した。

- コホート・手法 -
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,喫煙に関するデータ,ならびに血圧,糖尿病既往,総コレステロール,飲酒のデータに不備のない9コホートの21,037人を対象とした。

男女それぞれにおいて,喫煙状況ごとに全体を「喫煙未経験者」「禁煙者」「喫煙者」の3つのカテゴリーに分けて解析を行った。
さらに喫煙者については,1日の喫煙本数が20本未満,および20本以上のカテゴリーに分けた検討も行った。

- 結果 -
◇ 対象背景(男性のみ)
平均年齢57.9歳,収縮期血圧135.1 mmHg,総コレステロール189.4 mg/dL,BMI 23.0 kg/m2,禁煙者28.1 %,喫煙者66.9 %,飲酒率85.0 %,糖尿病有病率11.8 %。

心筋梗塞の発症は144人,脳卒中発症は641人(うち脳出血86人,脳梗塞418人,くも膜下出血86人)だった。

◇ 喫煙状況と心筋梗塞発症リスク
男性では,有意差はみられなかったものの,喫煙未経験者にくらべて過去喫煙者,喫煙者(20本未満),喫煙者(20本以上)の心筋梗塞発症のハザード比が上昇する傾向がみとめられた。
女性では喫煙状況とリスクとの関連はみられなかった。

◇ 喫煙状況と脳卒中発症リスク
・ 全脳卒中
男性では,喫煙未経験者にくらべ,喫煙者の全脳卒中発症のハザード比が1.62(95 %信頼区間1.20-2.18)と有意に増加していた。
女性では,有意差はみられなかったものの,禁煙者および喫煙者でハザード比が高い傾向がみとめられた。
喫煙本数ごとにみると,男女とも喫煙者(20本以上)のハザード比が喫煙未経験者にくらべて有意に高くなっていた。

・ 脳梗塞
男性では,喫煙未経験者にくらべ,喫煙者の脳梗塞発症のハザード比が1.63(95 %信頼区間1.15-2.29)と有意に増加していた。
女性では,有意差はみられなかったものの,喫煙者のハザード比が高い傾向がみとめられた。
喫煙本数ごとにみると,男女ともに量-反応関係がみとめられ,喫煙者(20本以上)では喫煙未経験者にくらべてハザード比が有意に高くなっていた。

・ 脳出血
男女とも,有意差はみられなかったものの,喫煙者の脳出血発症のハザード比が高い傾向がみとめられた。女性では,禁煙者のハザード比も高い傾向であった。

・ くも膜下出血
男女とも,喫煙未経験者にくらべ,喫煙者のくも膜下出血発症のハザード比が有意に増加していた。女性では,禁煙者のリスクも有意に高くなっていた。
男女をあわせた解析における喫煙者のハザード比は2.68(95 %信頼区間1.41-5.11)。
喫煙本数ごとにみると,男性の喫煙者(20本以上)では,喫煙未経験者にくらべてハザード比が有意に高くなっていた。

- 結論 -
既存の国内コホート研究の個人データを統合して解析したJALS 0次研究において,喫煙は,脳卒中(とくに脳梗塞,くも膜下出血)に対する危険因子であった。



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