[編集委員が選ぶ注目文献] 急性心筋梗塞の発症率,発症後死亡率が有意に改善(米国の一般住民)

conclusion2

ここでは,2010年2月~8月にかけて発表された循環器疫学文献のなかから編集委員が選んだ注目文献を,コメントもまじえて紹介する。

降圧薬や脂質低下薬による治療率が高くなってきたことで,急性心筋梗塞に限らず,心血管イベントの発症率は以前にくらべて低下しています。
今回のような疫学データを知っておくことは,臨床医にとっても大変重要です。

寺本 民生氏 (帝京大学医学部内科)

― 文献概要 ―

Yeh RW, et al.
Population trends in the incidence and outcomes of acute myocardial infarction.
N Engl J Med. 2010; 362: 2155-65.pubmed

目的
心筋梗塞の発症率や,発症者における死亡率を調べた研究は過去にもあるが,人種・民族,年齢,性別,その他の危険因子の状況などに偏りのある集団を対象とした検討が多く,また発症者をST上昇型心筋梗塞と非ST上昇型心筋梗塞とに分けて検討した報告はほとんどない。さらに,トロポニンをはじめとした高感度な心バイオマーカーの測定が普及したことで,それまでは診断しえなかった心筋梗塞の検出率が上がることによる見かけ上の発症率増加や,発症者に占める軽症者の割合の増加といった影響があることも指摘されている。そこで,多様性に富む大規模な米国人一般住民コホートを対象として,1999~2008年の心筋梗塞の発症率,重症度,死亡率などについて検討を行った。
コホート
1999~2008年におけるKaiser Permanente Northern California(米国の民間大手医療保険組織,会員数300万人以上)の30歳以上の加入者(1869万1131人・年)を対象として急性心筋梗塞の発症率を調査するとともに,急性心筋梗塞を発症し入院した46086人を対象に重症度や死亡率などについて検討した。
結論
急性心筋梗塞の発症率は2000年以降に継続的に低下し,とくにST上昇型心筋梗塞では顕著に低下した。また,急性心筋梗塞発症者における短期間の死亡率も,経時的に有意に低下しており,これにはST上昇型心筋梗塞の発症率低下や,非ST上昇型心筋梗塞発症者の死亡率低下などが影響していると考えられた。以上のように,高感度な心バイオマーカーの普及や心血管危険因子の保有率増加にもかかわらず心筋梗塞の発症率が低下した背景として,近年,大きく進歩した一次予防の方策が良好な効果を上げている可能性が示唆された。

寺本氏: 米国の一般住民を対象として,1999年から2008年にかけて急性心筋梗塞(AMI)の発症率がどのように変化しているかをみた文献です。AMI,とくにST上昇型心筋梗塞の発症率は,はっきりとした低下傾向を示していました。非ST上昇型心筋梗塞の発症率も,2004年頃まで上昇していましたが,その後は低下しています。

考察でも述べられていますが,この背景として考えられるのが,降圧薬や脂質低下薬の服用率の増加です。発症者のうちACE阻害薬,ARB,β遮断薬,スタチンを服用していた人の割合は,いずれも1999~2008年のあいだに顕著に増加していました。

治療率が高くなってきたことで,AMIに限らず,心血管イベントの発症率は以前にくらべて低下しています。最近の臨床試験結果を読むときなどには,このことをきちんと考慮する必要があります。
たとえば,このような集団を対象とした臨床試験では,新しい薬を追加しても有意なリスク低下はなかなかみられません。すでに治療がある程度行き届いており,イベントの発症率そのものが低いため,上乗せ効果を検出しにくいのです。
また,臨床試験を開始する際には,まず対象集団における疾患発症率を推算し,群間差を検出するために必要と考えられるサンプルサイズを決定します。現在,私が携わっているある脂質低下薬の国際共同研究では,試験開始から1年後,イベントの発症が予想よりもかなり少ないことが明らかになりました。必要な数のイベントを観察するためには,サンプル数を増やすか,あるいは試験期間を延ばさなければなりませんが,もし期間の延長ということになると,治療率はそのあいだにもさらに増加し,発症率もまた下がっていくという繰り返しになる可能性があります。

このように,今回のような疫学データを知っておくことは,臨床医にとっても大変重要です。

― ほかの編集委員からのコメント ―

堀 正二氏 (大阪府立成人病センター) この論文ではとくに検討されていないようでしたが,急性心筋梗塞の発症率低下の背景には,アスピリンの使用が増加していることもあるのではないでしょうか。冠動脈の完全閉塞により貫壁性心筋虚血が生じるものをST上昇型心筋梗塞,そうではないものを非ST上昇型心筋梗塞と呼びますが,この2つの病因は同じです。アスピリンの使用が増加してきていることで,完全に閉塞するという状態が起こりにくくなっている可能性があると思います。

大橋 靖雄氏 (東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻生物統計学) 近年アスピリンの使用が増加しているのは,Physician’s Health Studyの影響だと考えられます。この研究でもアスピリンのデータがあると良かったのですが,民間医療保険であるKaiser Permanenteのデータをもとにしているため,市販のアスピリンを使う人のことを考えると正確な使用率を出せなかったのでしょう。

上島 弘嗣氏 (滋賀医科大学生活習慣病予防センター) 日本では,ここ10~15年でこのように急性心筋梗塞の発症率が顕著に減っているという結果は出ていません。むしろ,都市部や一部の農村地域では増加しているという報告もあります。脂肪の摂取量がこれ以上増加すると,日本人の心筋梗塞はもっと増えてしまうかもしれません。



― epi-c.jpのなかで関連するテーマの文献を読む ―




▲このページの一番上へ

--- epi-c.jp 収載疫学 ---
Topics
【epi-c研究一覧】 CIRCS | EPOCH-JAPAN | Funagata Diabetes Study(舟形スタディ) | HIPOP-OHP | Hisayama Study(久山町研究)| Iwate KENCO Study(岩手県北地域コホート研究) | JACC | JALS | JMSコホート研究 | JPHC | NIPPON DATA | Ohasama Study(大迫研究) | Ohsaki Study(大崎研究) | Osaka Health Survey(大阪ヘルスサーベイ) | 大阪職域コホート研究 | SESSA | Shibata Study(新発田研究) | 滋賀国保コホート研究 | Suita Study(吹田研究) | Takahata Study(高畠研究) | Tanno Sobetsu Study(端野・壮瞥町研究) | Toyama Study(富山スタディ) | Honolulu Heart Program(ホノルル心臓調査) | Japanese-Brazilian Diabetes Study(日系ブラジル人糖尿病研究) | NI-HON-SAN Study
【登録研究】 OACIS | OKIDS | 高島循環器疾患発症登録研究
【国際共同研究】 APCSC | ERA JUMP | INTERSALT | INTERMAP | INTERLIPID | REACH Registry | Seven Countries Study
【循環器臨床疫学のパイオニア】 Framingham Heart Study(フラミンガム心臓研究),動画編
【最新の疫学】 Worldwide文献ニュース | 学会報告
………………………………………………………………………………………
copyright Life Science Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.