疫学レクチャー第3回 トリグリセライド測定標準化の現状とその疫学的な意義

近年,増加するメタボリックシンドロームや,LDL-Cだけでは評価しきれない心血管疾患の残存リスク(residual risk)の観点から,あらためて血清トリグリセライド値に注目が集まっています。しかし,トリグリセライドの測定には①現在,複数の測定方法があり標準化が進んでいない,②分子量が一定でない,③食事の影響をうけるなどの課題があります。そこで今回は編集委員の寺本民生氏(帝京大学臨床研究センター)に,トリグリセライドの測定標準化の現状とその疫学的な意義について聞きました(インタビュー: 2014年6月6日)。
●いま,何が問題となっているか
(1) 複数の測定方法がある

トリグリセライドの測定方法として,①血中に存在する遊離グリセロール(図1)を差し引いた中性脂肪値を測定する方法(日本)と,②総グリセライド値をそのまま用いる方法(米国ほか)がある。

グリセライド(グリセロールと脂肪酸のエステルの総称)には,グリセロール(=グリセリン,CH2OHCHOHCH2OH)に脂肪酸が3つエステル結合したトリグリセライドのほかに,2つエステル結合したジグリセライド,1つエステル結合したモノグリセライド,ならびに脂肪酸と結合していない遊離グリセロールが含まれる。中性脂肪は総グリセライドから遊離グリセロールを除いたもので,そのほとんどをトリグセライドが占めている。

図1
図1 血清中の総グリセライドの内訳


(2) 分子量が一定でない

純粋な標準物質のあるコレステロール(分子量386.65 g/mol)とは異なり,トリグリセライドの分子量はグリセロールに結合する3つの脂肪酸の種類に左右されるため,mol/L単位ではなくmg/dL単位で扱う際には,便宜的に標準物質としてトリオレイン(分子量885.43 g/mol)を用いている。

(3) 食事の影響をうける

トリグリセライドは食事中の脂肪に多く含まれるため,食後には誰でも血清トリグリセライド値が上昇する。このため,測定タイミング(空腹時/非空腹時)によって値のばらつきが大きい。


寺本先生の解説

トリグリセライド測定標準化の国際的な現状

脂質測定の標準化というと,まずはLDLコレステロール(LDL-C)のことを思い浮かべる人が多いと思います。これについては,直接測定法のキット間の標準化や測定精度の問題があり,現在はわが国でも,また国際的にもFriedewaldの式を用いる方法が主流となりつつあります。では,トリグリセライドはどうでしょうか。

国際的な脂質測定標準化の中心となっているのは,世界保健機関(WHO)の脂質標準化協力センターである,米国疾病予防管理センター(CDC)です。すでに標準化が達成されているコレステロールに加え,トリグリセライドについても正確な比較のための国際的な測定標準化を推し進めるべく,わが国にも数年前にCDCから打診がありました。しかし,じつは現在,「本家」のCDCで,2つの測定方法のあいだで意見が分かれていることから,日本での取組みも残念ながら停滞しています。この測定法について,もう少し詳しく説明しましょう。

1つはグリセロール消去法というもので,総グリセライド値から遊離グリセロール値(グリセロールブランク)を差し引いた値,すなわち中性脂肪値(図1)をトリグリセライド値とするもので,現在,この測定法を採用しているのはわが国だけです。総グリセライドに占める遊離グリセロールの割合は大きくないため,そこまでの正確性は必要ない,として米国をはじめとした多くの国が用いているのが,測定した総グリセライド値をそのままトリグリセライド値とする方法です。このように,用いる測定法によって測定対象となる物質が異なる点が,標準化の遅れの原因となっているのです。コレステロールとは異なり,トリグリセライドの分子量が一定ではない点も,mg/dL単位に換算したときに誤差が生じて扱いにくい原因の一つとなっています。


心血管疾患の予防や臨床に必要なのは,エンドポイントとの関連がみられる,使いやすい測定方法

HbA1c値(JDS値,NGSP値)のときと同様で,本来は日本で用いられてきたグリセロール消去法のほうがより精度が高いのですが,国際的な比較という観点からは,わが国でも,主流となっている方法に準じて総グリセライド値測定に統一すべきという意見もあります。

こうした測定方法や標準化の議論をするときに重視すべき点は,測定された数値と,最終的なエンドポイントとの関連がきちんと示せるかどうかということです。急性膵炎などの疾患では500 mg/dLや1000 mg/dL以上といった極端な高値となりますが,動脈硬化の危険因子として注目するべきトリグリセライド値は200~400 mg/dLくらいの範囲です。このことを念頭に,まずは測定法を標準化しないと,世界での比較ができない。便利で,誰がやっても同じ値が出る,ばらつきが少ない方法であることも重要です。逆にいうと,必ずしも定義にもっとも近い方法でなくても,臨床や健診の現場での利便性が高いことや,比較が容易であることを優先させざるをえない面もあるのです。


残存リスクへの介入のためには,やはりTGの測定標準化が必要

トリグリセライドの血中濃度は,食事の影響による変動が大きく,またHDLコレステロール(HDL-C)値とは逆相関関係にあることなどから,心血管疾患の独立した危険因子であるかどうかについては,これまでにも多くの議論がありました。とくに食事の影響を考えると,トリグリセライドは臨床検査値としても少々扱いにくい面があります。しかし疫学の面からは,わが国のCIRCS研究より,空腹時・非空腹時を問わない,随時トリグリセライド値が高ければ冠動脈疾患リスクが増加することが示されており(抄録へ),集団のトリグリセライド値が,HDL-C値や総コレステロール値とは独立した予防医学的な意義をもっていることは間違いありません。

われわれ臨床医はやはり,動脈硬化のリスクが高い人がいれば,そのリスクをできるかぎりゼロに近づけたい。あるいは,発症してしまう人を1人でも少なくしたい。そのためには,治療によりLDL-C値を低下させてなお残る残存リスクにも積極的に介入していかねばなりません。その一つであるトリグリセライド値の評価のためには,測定の標準化が必要となります。


随時トリグリセライド値200 mg/dL以上や,non-HDL-Cも目安に

ただ,CDCの方針が決定するまで標準化の方向性が定まらない現状では,現実的な対応も必要です。メタボリックシンドロームの基準の一つともなっている「150 mg/dL以上」は,空腹時の測定値を前提としたものであることに注意してください。健常な人であれば非空腹時であっても,トリグリセライド値が200 mg/dLを超えるようなことはまずありません。私は,随時トリグリセライド値200 mg/dL以上であればその人の動脈硬化のリスクは高いと考えます。

なお最近,動脈硬化や心血管疾患のリスク評価指標としてのnon-HDL-Cに関する検討も進んできました。non-HDL-Cは総コレステロール値からHDL-C値を引くことで求められ,そのなかにはトリグリセライドの値も反映されています。食事の影響はうけませんし,non-HDL-CがLDL-Cと同等かそれ以上の心血管疾患リスク予測能をもつことを示唆する研究もあります(抄録へ)。しかし,non-HDL-Cがあるからトリグリセライドを測らなくてもよいのかというと,決してそうではないと思うのです。その理由の一つが,食後高脂血症の概念です。


トリグリセライド値は常に変化している:食後高脂血症の概念

血清トリグリセライド値は食事の影響を大きく受けるため,前日の夜に晩酌したり,ちょっと食べ過ぎたりしたくらいでも,翌日の朝の採血ではいつもより値が高くなります。このようにトリグリセライドは,血糖値と同じように「常に動いている」という性質をもつ指標であり,とくに食後(非空腹時)のトリグリセライド値が心血管疾患リスクと関連するという報告が出てきたことから(WHIの抄録へCopenhagen City Heart Studyの抄録へ),1979年にZilversmitがはじめて提唱した食後高脂血症の概念pubmedが,いまあらためて注目されています。

コレステロールの働きは,それが含まれるリポ蛋白がHDLかLDLかによってまったく異なるのはご存知のとおりですが,トリグリセライド値をみるときにも,「そのトリグリセライドが含まれるリポ蛋白は何か」を考える必要があります。現在とくに注目されているのは,食後のトリグリセライド値上昇を担っていると考えられる動脈硬化惹起性のレムナントリポ蛋白(カイロミクロンレムナント,超低比重リポ蛋白[VLDL]レムナント)です。こうしたレムナントリポ蛋白の量を反映するレムナントリポ蛋白コレステロール(RLP-C)値の上昇は,冠動脈疾患リスク増加と関連することが疫学研究から示されています(抄録へ)。

血圧の変動と同様,トリグリセライドもその変動の幅が大きいほど動脈硬化のリスクが高くなると考えられますが,食後高脂血症の基準となるカットオフ値はまだ定まっていません。75g経口糖負荷試験のように高脂肪食による負荷試験を行うことも不可能ではありませんが,極端に高カロリーな負荷食はやはり普段の食生活とは異なりますし,標準物質のあるブドウ糖とは違って「純粋な脂肪」による負荷ができないのも難しいところです。むしろ,それぞれの個人の空腹時と非空腹時,両方のトリグリセライド値を把握しておくことが大切です。食後の変動のしかたにも個人差があり,通常でも食後からトリグリセライド値のピークまでに約3時間,糖尿病などが合併している人では5~6時間と幅があります。トリグリセライドのカットオフ値だけではなく,「食後」のピークがどこなのかという判断も非常に難しく,基準の設定が今後の課題となっています。さらに食後高脂血症が動脈硬化の危険因子として確立されるためには,治療介入や,食後のトリグリセライド高値を解消することによって動脈硬化や心血管疾患のリスクが低下するというエビデンスも必要です。

以上のように,動脈硬化や心血管疾患発症リスク評価のためには,LDL-Cやnon-HDL-Cのみならず,食後高脂血症のような付加的な情報をもたらすトリグリセライドを今後もあわせて活用することが求められていると思います。


<参考>
• 芳野原. 高トリグリセライド血症評価法の変遷. 日本臨床. 2013; 71: 1536-45.
• 総グリセライド測定の基準測定操作法と認証標準物質. 臨床化学. 2013; 42: 86-7.
• 臨床医化学分析における標準化の現状と課題. 産総研軽量標準報告. 2006; 5: 81-95.
• 平野勉. 高トリグリセライド血症の疾患概念とその臨床的意義. 日本臨床. 2013; 71: 1519-27.
• 大阪がん循環器病予防センター: CDC/CRMLNによる国際脂質標準化
  http://www.osaka-ganjun.jp/effort/cvd/cdc/
• 国立循環器病センター予防健診部: WHO/CDCによる血清脂質測定の国際標準化
  http://hospital.ncvc.go.jp/section/prevent-examination/
• 総グリセライド測定用標準物質の国際的現状
  http://www.reccs.or.jp/images/tsukuba_seminar2012.pdf
• IDMS法による新基準と国際整合性 (T-CHO,中性脂肪,μアルブミン)
  http://www.reccs.or.jp/images/tsukuba_seminar2012_idms.pdf

<用語解説>

トリグリセライド
グリセロール(=グリセリン)(図2)に3つの脂肪酸(アシル基)がエステル結合した化合物トリアシルグリセロール(図3)の別名。食事から摂取する脂肪の大部分がトリグリセライドであり,体内でもエネルギー源として脂肪組織に貯蔵されるとともに,皮下脂肪として体温の維持や体を衝撃から守る役割をもっている。血清中濃度の測定時には,脂肪酸とグリセロールに分解したうえでグリセロール部分の定量を行う。

図2
図2 グリセロール
図3
図3 トリグリセライド

リポ蛋白
トリグリセライドやコレステロールなどの脂質は疎水性のため,親水性のアポ蛋白や親水基をもつリン脂質に囲まれた「リポ蛋白」の状態で血漿に存在する(図4)。リポ蛋白は大きさや比重によりいくつかに分類されるが,トリグリセライドが多く含まれるのはおもにカイロミクロンと超低比重リポ蛋白(VLDL)で,これらはtriglyceride-rich lipoprotein(TRL)ともよばれる。カイロミクロンは食事中の脂肪が小腸で吸収される際に生成・分泌され,VLDLは定常的に肝臓から分泌される。

図4
図4 リポ蛋白


レムナントリポ蛋白(カイロミクロンレムナント,VLDLレムナント)
トリグリセライドを豊富に含んでいるカイロミクロンやVLDLは,いずれも粒子が大きく動脈硬化惹起性は明らかではないが,食事からの過剰摂取や,体内での代謝過程に異常がみられる場合に,より粒子サイズの小さいカイロミクロンレムナントやVLDLレムナント,LDLが生成され,血管壁への蓄積やマクロファージ泡沫化を介して動脈硬化進展に寄与すると考えられている。レムナント様リポ蛋白コレステロール(remnant-like lipoprotein: RLP-C)値として評価が可能。

脂質標準化に関する日本での取組み
以前は大阪府立健康科学センター(現・大阪がん循環器病予防センター循環器病予防部門)の脂質基準分析室が中心となっていたが,2012年4月,大阪府立健康科学センターが大阪がん予防検診センターと統合され「大阪がん循環器病予防センター」として新たに発足したことをきっかけに,脂質基準分析室は国立循環器病研究センターに移設された。わが国におけるCDC/脂質基準分析室ネットワーク(CRMLN)の国際脂質標準化プログラムの取組みは,国立循環器病研究センター,大阪大学大学院医学系研究科社会環境医学講座,大阪がん循環器病予防センターの三機関の共同研究事業と位置付けられている。


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